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ポンポンと椅子を叩かれたので大人しく首輪を渡すと後ろを向いて腰掛ける。
「今はちゃんとコントロール出来てますから、必要以上に読んだりしませんよ。読まれたら気まづいことは……まぁ、あったんでしょうねぇ」
痕を見れば一目瞭然だろう。
むしろ深く聞いてこないあたりに気遣いを感じる。その気遣いが有難いようなそうじゃないような。
「……言ったそばから前言撤回して申し訳ないんですが、少しだけ読んでしまいました。…………怖かったですね」
そう言ってアツシの髪を手櫛ですく。
「うん…………怖かった」
ロイさんやユキオ達の変化にも勿論戸惑っているが、何よりも自分が知らないうちにどんどん変わっていくようでアツシは怖かった。
いつの間にか、アツシの身体はオメガとして作り変わっていく。自分が自分じゃなくなるようで、アツシは何よりもそれが怖かった。
細く息を吐き出すと後ろからそっと頭を撫でられる。
暫くアツシはそのままリョクに撫でられながら手の温もりを感じていた。
「ところでリョク、仕事は大丈夫なのか?」
「えぇ、とりあえずひと段落付いたところです。これから行くのは別のバイトですから」
「相変わらずなんだな」
「ふふふふ……それもこれもシキさんのせいです」
シキさん、とはリョクの今の上司のことだ。
リョクのエンパス能力の高さを見抜き、それが欲しいと相方にした人物である。
そもそも出会った頃のリョクはそれがエンパスという名のつくものだということも知らなかった。
それを一から教え、コントロール出来るようになるまで面倒を見てくれたのがシキさんだった。
それだけを聞けばさぞや高尚な人物なのだろうと思うだろうが、実際は真っ当な人間とは言い難い。
そのせいで色々苦労しているようだが、リョクはそれでも付いていくと決めたようなのであまりその辺りについては口を挟まないことにしている。
「だ、大丈夫なのか?」
「ふふ、ふふふ……いっつもいっつも僕にばかり押し付けて……。この前だってあれほど依頼人が来るから遅れないようにって言っておいたのにあの人1時間も遅れたんですよ!しかも!その理由が風俗に行ってたからとか……本当に最悪です」
「そ、そうなのか……」
「前回の依頼料は飲み代にみーんな使ってしまったんですよ!?だから今度こそはと人が意気込んでいればこれですよ。ほんっとにもう、どうしてくれましょうか……」
リョクは笑顔も忘れて目くじらを立てている。アツシは思わず苦笑を返した。
シキさん、相変わらずなんだなぁ。
ハッと我に返ったリョクは誤魔化すようにコホンと咳払いをするとアツシの方へと向き直った。
「アツシこそ、バイト先の面々とは上手くやれてるんですか?」
アツシはバイト先のメンバーのことを思い返してみる。
キイトはまぁそもそも彼が懐いてくれているので上手くやれているというか、仲良く出来ていると思う。
チャロはいい子なので問題ないし、シマさんは親切だし、コテツさんは……少し怖い。でも怖いだけだ。あちらには嫌われてしまっているようだが、アツシ自体は別に嫌いではない。プロ意識を持っていて、仕事にはとても真剣な人だから自分も頑張らなければと身が引き締まる。
マキさんは……別に嫌われてるわけではないし食事の面では少々思うことはあるものの、親切にしてもらっている。
問題はロイさんだろう。
アツシにとってロイさんは少し困った上司だった。
休日もジムに付き合えだコーヒーを淹れろだ買い物に行くだと何かしら理由をつけて呼び出してくるし、すぐ無茶を言う。でも、別に嫌いではないし苦手意識もなかった。
自分で言うのもなんだが、寝れば不満も怒りも忘れる性格をしているのであまり溜め込んだことはなかった。
――今までは。
今はどうだろうか。
急にキスマークをつけられたり、触られたりと、何が何だかわからないまま自体が進んでいてどうすればいいのか分からない。
『首輪、僕の前では外して。嫌なら、このまま番になろうか』
何でそんなことを言ったのか、アツシは理解できていなかった。本人に聞いてみるのもありだとは思うが、果たしてきちんと答えてくれるのか。
アツシが百面相してうんうん唸っているとリョクは困ったように笑った。
「ロイさん以外の面々とは上手くやれてるんですね」
「うん、まぁ……」
ロイさんのことになるとつい憂鬱になってしまう。
そんな中、リョクは力強く言い切った。
「いいですかアツシ、シマさんは絶対キープですよ」
「な、なんの話……」
何をキープするんだろうか。
「絶対1番害がない」
「まぁ確かに害はないだろうけど」
「キイト君は流されやすい性格ですから万が一フェロモンが強くなった時が分からないですし、コテツさんはあの性格ですから。アツシとはあまり反りが合いませんし、マキさんはアルファですからね。ロイさんは論外です」
シマさんが1番安全、とリョクははっきりと告げた。
まぁ、言いたいことはわかる。チャロはそもそも女の子なのであまり頼る対象としてみるのは本人にも悪いだろう。まぁ、いざとなれば彼女の方が強いので頼るのはありだとは思うが。
「ベータだって前言ってましたし奥さん一筋ですから安心です。それにあの温厚な性格ですから困っていたら絶対助けてくれます。いざとなったらシマさんに頼るんですよ!」
「分かった分かった」
今度はアツシが困ったように笑う番だった。
「お互い、無理しないようにな」
「ええ、まだ今の状態に慣れてないでしょうから本当に無理しないで下さいね」
体調管理は基本です、と言ってリョクは遠い目をした。
まだ話してないことがあるらしい。あまりにも疲れた様子に、それはまた次回聞くことにしようと心に決めた。
「おっと、そろそろ時間なので今日はこれで失礼しますね。またいつでも連絡下さい」
落ち着いたら僕も連絡しますね、と言ってリョクは帰っていった。
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