上司に職場で脅しを掛けられています

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上司に職場で脅しを掛けられています

更衣室から出るとそのまま言われていた通り休憩室へと向かう。 ノックして中へと入るとロイさんが資料片手にソファへ座っていた。何やら仕事をしていたらしい。 「遅くなりました。……昨日はすみませんでした。それと、制服もありがとうございます」 深々と頭を下げるとロイさんは手を止めて立ち上がる。 「体調はもういいのかな?顔色が少し悪そうだけど、薬は飲んでる?」 「はい」 昨日からアツシは軽めの抑制剤を飲んでいる。 やはり薬がよく効くタイプらしく、初めてのヒートとはいえほぼ何も無く過ごしている。 今後もそうとは限らないが、少なくとも今回に関してはヒートらしいヒートもないまま終わりそうだ。 むしろ薬で抑えられていてもう今回の分は終わったようなものだった。 その事にアツシは心の底からほっとしていた。 パンフレットに書いてあったのはなかなか刺激的な文面ばかりで少々怖気付いていたのだ。 せめてもう少し心の準備がほしい。 「……ところで話は変わるけど」 そう区切るとロイさんはそっとこちらへと近づきおもむろに手を伸ばし―― グイッとタートルネックの襟に指を突っ込んで引き寄せられた。 「どうして首輪付けてないのかな?」 「あー、その、慌てて出てきたのでつけ忘れて……」 つけ忘れたというより時間が無くて諦めて置いて来たのだが物は言いようである。 「ちゃんと付けなきゃダメだよ。……じゃないとここ、噛んじゃうかもしれないから」 「……っ、」 今まで感じたことの無い圧を感じてビクリと肩が揺れる。 何だかこの感じは身に覚えがある。 昨日、同じセリフでアツシを諌めた時と一緒なのだ。 あの時も首に手を掛けられてどうしようもない不安感のようなものを感じたが、今感じているのはそれよりもずっと強い。 体が強ばって手足が動かない。肺の奥が熱くて息がしづらい。 今なら分かるが、これがアルファ性の持つ圧なのだろう。 怖い。 アツシが何とか後ろへ下がろうとするとロイさんは首の後ろへと手を回して抑え込む。そしてアツシの首元へ唇を寄せ―― 「……い゛、…っ!!」 ぢゅっと音が聞こえそうな程強く吸い付いた。 それが終わるとベロりと吸い付いた所を舐める。 驚いて声も出せず、吸いつかれた場所を押さえてパクパクと口を動かした。 「な、……にして」 「ちゃんと付けて来ないからだよ。それとも、噛まれたかった?」 コテンと首を傾げられ、アツシはブンブンと音がしそうな程首を横に振った。 「そんなに振られると傷つくなぁ」と、ロイさんは思ってるんだが思ってないんだか分からない感情の読めない口調で呟く。 「そうそう、1つ提案があるんだけど」 「て、提案……?」 至近距離のままロイさんは世間話でもするように話を続ける。 「そ、提案。予備の首輪が1つ置いてあるんだけどそれ付ける?」 万が一の為アルファ用とオメガ用それぞれの抑制剤などが予備でここには置いてあるらしい。 その中に首輪も1つ置いてあるということだ。 話だけ聞けば好意で言っているように聞こえるが、さっきから圧が変わらない。 日に当たっている訳でもないのにジリジリと項が焼けるように熱い。 強制的にヒートを起こさせる程の圧ではないが、オメガに向けるには明らかに故意的だ。 これではまるで脅しだろう。 ロイさんの真意がつかめずなんと答えるか迷っているとクスクスと笑われる。 「そんな怖がらないでよ。大丈夫。ただお願い聞いて欲しいだけだから」 「お願いって……なんですか」 さっきからオウム返ししかしていない。 項が熱い。 「貸してあげる代わりに、これ僕の前では外して?」 「……それは」 この状況で頷けるわけがない。 アツシが言い淀むとふっ、と圧が無くなる。 「考えておいてね。お話はおしまい。さ、お仕事行ってらっしゃい」 「……失礼します」 にっこりと笑われ、アツシは戸惑いながらも項を押さえたまま頭を下げると休憩室から逃げるようにして出ていった。 まだ肺の奥が熱く燻っている。アツシはフラフラとしそうになる足を叱咤すると何とかフロアまで辿り着いた。 人の気配にほっと息を吐き出す。 一体さっきのはどういう意味だったんだろうか。7年も一緒に働いているがあんなことされたのは初めてだ。 「アッシュさん」 人の声にハッとして思考を止めると慌てて前を向いた。 立っていたのはここ唯一の女性、アルバイトのチャロである。 ミルクティーブラウンの髪はいつも通り頭上でお団子にしている。 彼女はこの店の最年少でユキオ達の一つ上、高校2年生だ。 確か学校も同じ東葉(とうば)高校だったはずだ。 すぐ恋愛問題を持ち込まれたり、自衛の問題からロイさんはあまり女性を入れたがらない。しかしチャロは合気道道場に子供の頃から通っている有段者だ。 その上体を動かす事自体が好きらしく、自主トレと称して筋トレもしている。女子としては珍しい部類の子だろう。 そんな点もあり万が一何かあっても安心だろうと働くことになったらしい。勿論その万が一が起こらないよう気をつけてはいるが、お酒を提供する場なのでトラブルというものは存在する。頭の痛い話だ。 自衛という点においてはアツシの方がチャロより問題かもしれないがあまり考えると悲しくなるのでやめておこう。 「あぁ、ごめん。おはようチャロ。昨日はごめんね、大丈夫だった?」 「おはようございますです。昨日はキイトさんが頑張ってたので大丈夫でした。もう、体調は良いんです?」 淡々と、抑揚がない少し変わった敬語が彼女の話し方だ。 それに大丈夫と返すと、気持ちを切り替えた。
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