上司に職場で脅しを掛けられています

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兎に角、今は仕事だ。 アツシはキイトやチャロと一緒にフロアを担当だ。 だいたいがロイさんの常連だが、中にはシマさんに会いに来ている人もいるのでそういう人はシマさんのところに当たるようバーカウンターの方へと席を誘導する。 最初はまばらで、20時から21時の間が一番忙しい。ピークを過ぎれば賑やかではあるものの入りが少なくなるので注文もある程度は落ち着いてくる。 落ち着いたのを見計らってアツシとキイトは順番に休憩を取る。チャロは時間が短いので調子が悪くない限りはそのままだ。 「アッシュちゃーん、賄い取りにいらっしゃい」 厨房とフロアの間から声をかけてきたのは料理長のマキさんだ。美しいピンクのロング髪はいつもと違い今はひとつに縛られている。 「アッシュちゃん、体調大丈夫?病院行ったんですって?」 「はい、お騒がせしました」 アツシが頷くとマキさんは「無理しちゃダメよ」と念を押した。礼を述べるとマキさんに近づいた。化粧を施された顔の中でも自前らしい下まつげが目立つ綺麗な人だ。 じっと顔を見ているとマキさんにニコリと笑われる。 「やだもー、どうしたのよ人の顔なんか見つめて」 「あ、すみません」 クスリと笑われ慌てて視線を逸らした。 ハスキーボイスなので顔を見ていると少々混乱する。 そう、マキさんは所謂オネエさんというやつだ。 それも結構背が高いので目立つ。 向かい合って立つとマキさんはアツシより数センチ高い。結構大柄な人だ。 しかし気にしているらしいのでそれを口にすればラリアットを一発かまされることになるのでアツシは死ぬ気で口を閉ざした。 彼はコテツさんの上司にあたり、アツシがアルバイトをしていた頃からいるお店の古株である。 よく賄いで彼の料理を食べるが味は絶品だ。ついいつも以上に食べてしまうくらい美味しいのだが、マキさんにも困った癖があった。 それは――。 「もおおおお、あんたまたご飯食べてないんでしょう!」 「ひっ!!」 賄いを受け取った瞬間、ガシリと無遠慮に腰付近を引っ掴まれる。 「もう少し食べなきゃだめよ!だから病気にもなるのよ!こんっなペラッペラで……羨ましい!!!」 「ちょ、痛い痛い痛い!!!」 骨盤からミシッて変な音がした! 最初は掴んでいるだけだった手が、羨望と共に力が入り始める。 いくら顔は綺麗でもやはりこれだけ大柄な男性なので力が強い。アツシなど正直なところもやしっ子なので普通に握り潰されそうだ。 「なぁーんで太らないのかしらぁー!!」 「だ、だから言ってるじゃないですか。体質ですって!!」 「あんたの場合体質以前に食べないからよ!!今日もアッシュちゃんの分は大盛りだからね!!」 これである。 アツシは男にしては小食な方だ。大口を開けて食べるのが苦手で、物を詰め込むのも気持ち悪くなるので好きじゃない。だからちまちまと食べているうちにお腹がいっぱいになってしまうのだ。 ただでさえ一人前食べれるか否かというところなのにマキさんはアツシを太らせようとすぐ大盛りにしてくる。 無理に出されて毎度食べきれずに残す罪悪感を考えて欲しい。 「勘弁してくださいよ」 「ダメよ!今年こそは5キロ太らせてやるんだから!」 「人の体重で変な目標を掲げんでください」 アツシは呆れてため息を吐くがマキさんは聞いちゃいない。 毎年こうして目標を掲げれるのだがそれが達成されたことは今の所ない。 大盛り(これ)さえなければなぁとアツシは小さくため息を吐いた。 「ご飯食べるんで手、離してください」 「あらそうね」 ごめんなさいと言ってマキさんはパッと手を離した。 ほっとしたのもつかの間、ジト目が降り注ぐ。 「あぁもう、その細い腰が羨ましい……」 「……っ、休憩行ってきます!!」 副音声で「羨ましい」のところで妬ましいという声が聞こえた気がする。 あまりにも強い視線に耐えられなくなったアツシはそそくさとその場から逃げ出した。 勿論休憩室にて賄いは美味しく頂いた……が、案の定残して受け取り際にいたコテツさんに殴られたのだった。 割とここまでが休憩の1セットだったりする。理不尽な話だ。 休憩が終わり22時になるとコテツさんとキイト、そしてチャロが上がる時間になる。 チャロは飲み屋通りを通らないと帰れないので毎回キイトかコテツさんが通りを出るまで一緒に帰るらしい。 コテツさんはマキさんと次回の打ち合わせをした後早々に帰って行くが、キイトはその日の気分で上がったり上がらなかったりする。 勉強したい時はロイさんとシマさんに伝えて残ってくれる。 とはいえ、バーテンダーの勉強の為の残務なのでフロアには入らない。 どうしてもの時は別だが、余程のことがない限りアツシだけで事足りる。 0時を過ぎれば殆どの客が帰っていく為、ここでシマさんも上がりだ。 それに合わせてキイトも勉強を終え、帰宅することもあればラストまで残って一緒に掃除をしてくれる時もある。 今日も閉店まで残って片付けを終一緒にしてくれる。 「いつもありがとな」 「えー、良いんスよー!でもだからってわけじゃないっスけど、今度はちゃんと話聞いてください!」 んじゃ、お疲れでした!と元気に手を振って帰っていく。 それに手を振り返しながらアツシは苦笑をもらした。 なんだかんだで慕ってくれているのが分かるというか、こういうところがあるのでキイトのことは憎めない。 さて、あとはゴミ出しをすれば今日の仕事は終了だ。
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