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弟分に噛まれそうになりました※
長いお説教の後、アツシはとりあえずシャワーを浴びようと浴室へと移動してきた。
…………長かった。
こんなに長くこんこんと説かれたのは倒れた時以来かもしれない。
タイガとユキオは洗い物をしてくれている。とりあえずさっさと浴びてしまおうと勢いよく上を脱いだはいいものの、そこで困ったことが起きた。
首輪が外せないのだ。
そもそもロイさんが勝手につけたので外し方を聞くのをすっかり忘れていた。
首輪はものによって付け方が違う。
ただの輪っか状のものもあればアツシが貰ったもののようにボタン式だったりナンバー式だったりする。ケータイからパスワードを入力するタイプのものもあるらしい。
「……これどーなってるんだ?」
触れた感じではナンバー式ではない。
ただの輪っか状でもなさそうだがどうなっているのか。
浴場の鏡の前に立ち、とりあえず境目がないか鏡越しに見てみるがイマイチわからない。
こういうのは真後ろから外すものだと思っていたが違うらしい。後ろ側に境目は見えなかった。
風呂場でアツシが四苦八苦していると、いつの間にか入り口のところにユキオが立っていた。
それを鏡ごしにちらりと確認すると声を掛けられる。
「外せないの?」
「うん」
首元に視線を向けたまま頷くと小さなため息が聞こえた。
「………見せて」
浴室へと入ってきたユキオは首輪に触れると何やらカチャカチャと弄り出す。
暫くそうしているとカシャンと音を立てて外れた。
「ありがと」
外れた瞬間、開放感にほっと息を吐き出す。
やはり慣れていないのでずっと違和感があったのだ。
家にいる時くらい外していたい。流石に家の中でのことまでロイさんは干渉して来ないだろう。
それよりどうやって外したのか聞いておかなければ今後自分で外せなくなる。
まさか毎回ユキオを呼ぶわけにもいくまい。
そう考えていると浴室にユキオの地を這う様な険しい声が響いた。
「……それ、どうしたの」
「それ?なんかついて……あ゛」
一瞬疑問符を浮かべたが、すぐさま首に痕があることを思い出し顔を青くした。
ヤバい、完全に忘れてた。
「この痕……何?」
痕とはロイさんに付けられたキスマークのことだろう。触れられると鈍い痛みがある。痛みから逃れる様に少しだけ体を捻って後ろへと下がる。
昨日付けられた時もかなり痛かったのでキスマークにしては多分だいぶ痛々しいことになっていそうだ。
ちらりと鏡を見ればかなりどす黒い痣が首元に見えた。
うーわ……これキスマークじゃないもう怪我だよ。
アツシが自分の首元にドン引きしているとガシリと二の腕を掴まれる。
「ねえ、何これ?」
じわじわとアルファのフェロモンがもれ始める。
圧を感じてアツシは冷や汗を流した。思わず一歩後ろへと下がるとユキオも同じく一歩踏み出てくる。
「いやー、これは、その」
しどろもどろになりながら何とか言い訳を考えようと頑張っては見るがすぐに思いつかない。完全に固まってしまったのを見てユキオは眉間にしわを寄せた。
「噛まれたの……?」
「か、噛まれてない。痕付けられただけ」
「……だから言ったじゃない。俺かタイガか、選んでって」
ユキオの圧はどんどん強くなる。
押し潰されるような息苦しさを感じてアツシは喘ぐようにしてユキオを押し返した。
「ユキオ……それ、やめて……苦し…っ」
「……これ、あの人でしょ」
あの人、とはロイさんのことだ。
ユキオはロイさんが嫌いだ。原因は十中八九彼の性格だろう。基本的にユキオはタイガとアツシ以外には塩対応だが、ロイさんの時は特別酷い。
絡まれるのも嫌いな上、ロイさんがアツシで遊ぶのが気に入らないのだろう。
だから、何となく彼がやったことは直感で分かるらしい。
ただでさえ寄っていた眉間にシワが寄る。顔が整っている分、怒ると怖い。
ユキオのロイさん嫌いはなかなかのものだと知ってはいたが、それがまさかこんな所で発揮されるとは。アツシは苦しみながらもどうにかしなくてはと思考をめぐらせた。
「ちょっと、からかわれただけだよ」
「……へぇ」
ユキオの目が更に吊り上がる。
――あ、ダメだこれ。
言葉の選択を間違えたのを悟るが後の祭りである。
「からかわれて、項晒して……次は噛まれるの?」
「……ぁ……っく」
ずくん、とお腹の奥が疼いた。
発情する程ではないはずだが、多分昨日のことが効いているのだろう。
身体がじわじわと熱くなる。焦ったアツシは思わず口元を手の甲で隠すと唇を噛みしめた。
流石に弟分相手に発情するのだけは避けたい。
堪えるように眉を寄せるアツシにユキオは更に追い討ちをかけるように近づいた。
掴まれた二の腕にユキオの爪が食い込んで痛い。しかしその痛みで何とか自分を保っているのも確かだ。
反対の手でユキオが項をぐっと押す。首元の痕が鈍く痛んで思わず肩が跳ねた。
「ユキオ……っいたい……!」
思わず顔を歪めると、流石に力は緩めてくれたが剣呑な目付きは変わらない。
「ちゃんと首輪付けて。それが出来ないならさっさとそこ辞めて」
どんどん強くなるフェロモンに膝が震えそうになりながらもアツシは何とか言葉を絞り出す。
「分か……った。ちゃんと、付ける……よ……っ」
ごめん、と続けるとユキオはようやく威圧するのを止めて手を離した。
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