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思わずアツシはその場にしゃがみ込む。
きっと今の顔色は最悪だろう。
青くなっている自覚がある。
オメガってそんな恐ろしい事を経験して番作るのか?
いやそもそもこんな話を今どうして弟分達がそんな話をするのか考えたくない。
「でもあんまり強く噛んだらアツシが痛いだろ」
ほらねー!やっぱりそうですよね!
実践の為のお勉強ですよねぇ。
そういう勤勉な所はお前達の美点だとは思うけど今はそういうのいらなかったなぁ。そういうのは学校とか部活でだけ発揮してほしい。
それに、出来れば実践されない方向に持って行きたい。
彼らが嫌いだという事は決してないが、だからと言って番う程恋愛的な意味で好きかと言われれば答えは決まっている。
アツシにとって二人は可愛い弟分でしかない。
そこに恋愛や身体の関係は求めていない。
勿論ずっと一緒にいたいとアツシも心から思っている。けれどそれは兄として、友人としてであって恋人としてではない。
かといって、形だけの番になって必要な時にセックスをするようなセフレまがいの事などさせたくない。
少し寂しいが、ゆくゆくは二人にはちゃんと好きな相手を見つけてその人と番になってもらいたい。
そこら辺の所をどうもユキオは分かってくれない。
ユキオにそういう気持ちがあるのかもきちんと聞いたことはないが、アツシの予想としてはそういうものを飛び越えて一緒にいられないくらいなら番ってそういう関係になるのもあり、と思っているように感じる。
要は番うことが最終目標ではないのだ。
一緒にいる為に番う以外の有効な方法があるならばきっとそちらを取るのだろう。
たまたまアツシがオメガで、番が必要だから片割れになろうとしているに過ぎない。
もしこれがタイガであったとしてもきっとユキオは最終的には同じ方法を取るだろう。
むしろアツシ的にはタイガに番が出来てしまった時の方が怖い。
ユキオはアツシより余程タイガへ依存している。
勿論それだけで一緒にいるわけではないが、その要素も多分に含まれている。
アツシの時でさえこれなのだからタイガの時はどうなってしまうのか。
杞憂であればいいのだが、そればっかりはなってみないと分からない。
なにせユキオは自覚があって依存しているが、タイガは全くの無自覚なのだ。
タイガはユキオと一緒にいるのも彼を守るのも自分であって当然だと思っている。
それに対してなんら疑問を抱いていない。
側にいなければ探すし困っていれば手を差し伸べる。彼が言葉を欲していればいくらでも言葉で返す。
ユキオが寄りかかってくれるのがタイガの中では当たり前なのだ。
ユキオがオメガだと思われる一因は確実にこの関係性にあるだろう。
これだけ大事に囲われていればそういう関係なのかと勘繰られるのもわかる気がする。
何より口ではお互いそれを嫌がっていても本気で嫌がってはいない。
かといって恋人になる気があるかと言われたらアツシから見てだが、いまいち首をひねる所だろう。
タイガはユキオを性的な目で見られる事をとても嫌悪する。それが自分であっても許せない。
そんな調子なので恋人にと言われても拒否を示す可能性の方が高い。かといって彼らの執着具合は幼馴染みの域を超えている気がするのだ。
自覚があるのと無自覚なのと、果たしてどちらが重症なのか――なんて考えているうちに扉の向こうでは話が進んでいた。
アツシは思考を停止させ、慌てて耳をそばだてる。
「もうめんどくさいからタイガ腕貸せ」
――腕?
「ん?……ほれ」
タイガもよく分からないままなのか、疑問符を浮かべている声がする。
瞬間、「痛ってー!!」と悲鳴が上がった。
「待て待て!んな強く噛んだら痛いだろう!つか痕んなってるじゃねーか!もっとソフトに!!」
「こうか?」
「いたい!!」
分からん、とユキオはやや不満げに言う。
「じゃあお前やってみろよ」
「おー、任せろ!」
不安だなぁと思っていると案の定、しばらくして引っ叩く音が響いた。
「痛い」
不満そうなのはユキオの声だ。どうやら痛かったからとタイガの事を引っ叩いたらしい。
相変わらずというかなんというか。
「いや痛いのは俺だわ!おめーはすーぐ手が出るんだからよー!」
「ふん。……だいたい、軽く噛んだくらいで番になれるのか?」
「いや分からん?」
「分かんねーのかよ。使えない」
「自分も分かんねーくせに文句言うな!」
あぁ、いつもの口喧嘩になった。
それを聞いて何となくホッとする。
いや、何も状況は変わってないのでホッとしている場合ではない。
何とか出来ないものか考えてみるものの、すぐに良い案が出るわけもない。
うんうん唸っているうちにヒョイと扉が開いてアツシは後ろに重心が傾いた。
「わ……っ!」
「ちょ、何してんだよ。あぶねーなぁ」
咄嗟に手を出したのか、慌てたタイガに背中を支えられる。無様に転ぶことはなかったが、これはこれで少し恥ずかしい。
「ごめん」
「上がったのか。ほら立てるかー?」
タイガに促され、とりあえずという感じでアツシは立ち上がった。
身なりを整えているとそれを見たタイガが口を開く。
「おし、落ち着いたな。……んじゃ、俺らはこれで帰るな」
「え、帰るの?」
まさか帰るとは思わずキョトンと聞き返すとタイガがコクリと頷いた。
ユキオの方を見れば不満そうにそっぽを向いている。
「あぁ。誰かさんがまた暴走しかねないからなー。今日は連れて帰る」
「保護者面か」
タイガの言葉にユキオはしかめっ面を返した。
「ユキオくんが無茶しなきゃ心配ないんですけどねー」
タイガが顔を覗き込むとムッとした顔でその背中を叩く。
叩かれたタイガは大して痛くなさそうに「いて」と反射のように言った。
そうか、帰るのかと何だか心細いようなホッとしたような綯交ぜな気持ちが湧く。
その複雑な思いが顔に出たのか、タイガはにかりと笑うと「その代わりまた明日来るなー」と続けた。
「分かった。……ユキオもまた明日ね」
そう続けるがユキオはそっぽを向いたままだ。
ご機嫌斜めのようだが、後のフォローはタイガに任せよう。
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