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親友が心配して会いに来ました
二人が帰った後、アツシは居間ではなく部屋へと戻ってきた。
突然暇ができてしまうとどうしたらいいのか分からない。
ベッドに腰掛けてボーっとしているとアツシはあることを思い出した。
「……リョクに連絡してない」
リョクとはアツシの高校時代からの友人だ。
卒業してからも交流は続いており、今でもよくチャットを送りあったり互いの家を行き来している。所謂親友というやつかもしれないと思う程には信頼している。
彼は少々特殊な技能を持っているのできっとオメガであることはすぐにバレてしまうだろう。
どうせバレるならば自分から言いたいと、アツシは今の状況を連絡する事にした。
とりあえず急にオメガ性になってしまった事、フェロモンが極端に少ないらしいことを告げることにする。他のことは会えばきっと察してくれるだろうから書かない。
チャットを飛ばすと程なくして返信が返ってきた。
確認してみると仕事終わりに寄りたいと書いてある。
分かったと返事を返すとアツシはベッドへと横になった。
リョクの仕事が終わるまでまだ時間はあるだろうか。彼の仕事は不定期なのでイマイチ把握できない。
まぁ最悪電話で起こしてくれるだろうと思い、眠気を感じたアツシはそのまま目を閉じたのだった。
* * * * *
ふと意識が浮上すると玄関の方でインターホンの音が聞こえ、アツシは体を起こした。リョクが来たのだろう。
玄関を開けると緑の髪の青年――リョクが立っていた。
「こんにちはアツシ。お久しぶりですね」
「久しぶり。わざわざ寄ってもらってごめんな」
「いえ、大丈夫ですよ」
優しげな緑の目は穏やかだが心配の色が浮かんでいる。
中へと案内するとリョクは丁寧にお邪魔しますと言って上がってきた。
昔からとても穏やかな性分の彼は話していてホッとする。
リョクを部屋へ招き入れるとリビングへと案内した。
「体調はどうですか?」
「今のところあまり変わりなく過ごしてるよ」
「そうですか。……でも外で外してはダメですよ」
リョクは苦笑しながら自身の首を指差した。
――しまった、風呂の後から首輪を着けていない。
ようやく合点がいってアツシは慌てて首を隠した。
「……気をつける」
いくらオメガになったと話したとはいえ、全てを話したわけでない。最初からどす黒い痣を見られるのは気が気じゃなかった。
そんなアツシの雰囲気を察しつつ、リョクは困ったように尋ねる。
「一応聞きますけど、ロイさんと番になったわけでは……」
「ち、違う……!」
なんで皆ロイさんだって分かるんだよ。まだ何も言ってないのにと気まずそうな顔をするとリョクは苦笑した。
「そんな痛々しい痕、ユキオくん達が付けるわけないじゃないですか」
「……う」
確かにそうだ。ユキオもあれだけ迫ってきたりはするがこんなエグい痕は付けないだろう。
いや、噛み付こうとしたのはカウントされるんだろうか。
「ユキオくんが番になろうとするとしたらアツシの為なんでしょうから、そんな痛がるようなことはしませんよ。分かってるでしょうに」
肩をすくめるリョクにアツシも同意する。
先程からアツシは殆ど答えていないが、リョクは話の続きを察して言葉を返してきている。
学生時代からそうだが、リョクは異様な程察しが良い。共感性が高く、相手の気持ちが読み取れてしまうそれを「エンパス」というらしい。
勘がいい、相手の意図がわかってしまう、本音が何となくわかる――それは特に珍しいことではなく、察しの良いタイプの人間なら誰でもありうる事だ。
しかし物心ついた頃からリョクに備わったエンパスはそれ以上のものだった。
嘘を付いているか、またどれが本当でどの部分が嘘なのか全てはっきりとわかってしまうらしい。
それどころか相手の次の行動、次に話す内容、これからの行き先が分かるという。
下手をすると相手の気持ちと同調し過ぎて相手そのものになろうとしてしまったり、負の感情を読み過ぎて具合が悪くなるようなこともあった。
今はだいぶオンオフの切り替えが出来るようになってこの通り落ち着いている。
そんな特殊な体質の為か、人間関係にとても疲れやすいリョクだったがアツシといるのは平気だという。
恐らくアツシがエンパスとは全く掠りもしない性格だからだろう。
残念ながらアツシは察しが悪いと称される部類の人間だ。深く考えるのも苦手だし、人の気持ちに鈍いところがある。
だからこそリョクのような体質の人間は一緒にいて居心地がいいのだろう。
アツシもまたリョクといるのは居心地が良い為いつの間にかよく一緒にいるようになって今に至るというわけだ。
話さなくても伝わるというのは楽な反面、分かり過ぎてしまうこともある。
「まだ身体の変化に慣れないんでしょうけれど、オメガが無防備に首を晒してはダメですよ」
「……分かった」
どこまで読めたのかなと思いつつ、言われるがまま首輪をつけようとするがうまく着けられない。
もたもたしているうちにリョクの方がしびれを切らして手を差し出してきた。
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