7人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「……誰よ?」
首を傾げた私に母は「エェ〜!」と大げさにのけぞって見せた。
「薄情な子ね。あんた、お父さんの顔見たら泣くくせに、スティーブさんには妙になついたのよ。あんたがもうちょいハーフ顔だったら色々家庭の危機だったかもしれない」
「……覚えあんの?」
「残念だけど微塵もない。生まれた時から紛れもないお父さん似だし」
もうちょっとお母さんに似ておけばね〜、とため息をつく母をほっておいて、私は記憶の中をさらってみる。
「スティーブさんねぇ」
「あ、確かどっかに写真あった。待って待って」
スティーブさん。スティーブさん。スティーブさん。慣れない横文字の名前を口の中で繰り返す。すると、脳の中にぼんやりとした光景がよぎった気がした。記憶ではなくて、なんというか感情の流れのようなもの。目で見る景色とは違って輪郭の濃い部分や鮮やかな色味が瞬時に現れ消えていく、ような感じがして、じっとその流れを意識すると遠い歌がふと口をついた。
「twinkle, twinkle, little star……」
「あ! その歌覚えてんの?」
「え?」
「英語のきらきら星よ。スティーブさんが歌ってくれたのよ。あんたが生まれる直前に」
「生まれる直前!?」
「そうよー。あんたったら、突然出てこようとするから。お父さん出張でいなくて、スティーブさんが病院まで送ってくれたのよ」
スティーブめっちゃいい人!
「そんなに仲よかったの?」
「んー? それまでは全然。だってことば通じないんだもん。スティーブさん、全然日本語喋れなくてねー。お母さんもお父さんもあんまり英語得意じゃなかったから挨拶くらいしてなかったんだけど」
それでも道で会うと「ハロー」と笑顔で声をかけてくれ、母が身重になってからは、会うと荷物を必ず持ってくれたという。別れ際にはいつもそっとお腹をなでて英語で私に語りかけていたという。
「お腹の中にいるとはいえ、英語で話せるのが嬉しそうではあったわね。お母さん、あんまりあんたに話しかけたりするマメなことしてなかったから、もしかしたらお腹の中では英語でしゃべってたのかもよ。写真ないわね……。あ、そうかあっちの段ボールね。でね、予定日より早いのに、おっとこれは生まれるぞってなったのよ。タクシー会社に電話したらちょうど車が出払ってて、ちょっと時間がわかんないっていうのよ。お母さん車運転できないし。でも、救急車呼んでいいのかもよくわかんなくて。やばい出ちゃうよって、困ってたら、そしたらね、ドアの向こうからスティーブさんがその歌うたいながら帰ってくるのが聞こえたのよぉ。とっさにヘルプーって、駆け寄ったらすぐに状況を察してくれて病院まで連れて行ってくれたの。気を紛らわすために車の中でも二人できらきらぼし歌ったんだから」
「英語で?」
「日本語と英語。言葉なんて関係ないのよぉ」
あった! と母の弾んだ声が聞こえた。どうやら目当ての写真を見つけたらしく、顔を綻ばせながら戻ってきた。
最初のコメントを投稿しよう!