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「……、ひぃっ!!」
渡部麻衣の顔に、液体が散った。
緑色の、ねっとりとした体液は、真っ二つになった人面犬のものだった。
「……え」
事態を飲み込めず硬直している彼女に、逃げろ、出ていけ、と伝えた。
首なしライダーは、動かない。
追い立てるように床を踏み鳴らし、腕で出口の方向を示す。
「あの……」
激しく首を振る。
日本刀を何度も、そちらに向ける。
彼女は、一瞬だけ何か言いたそうに唇を動かし、けれどなんとか立ち上がって、蹌踉めきながらも玄関ホールを出ていった。
首だけになった人面犬――もはやそれはただの中年男の首だが――が、横倒しになったまま口を開いた。
「ふぃい、ひでえじゃねえかよぉ。おれにこんなことするなんてよぉ。おめえは所詮その程度かぁ。なり損なったなぁ、トンカラトンに」
その言葉を合図にしたように、首なしライダーがゆっくりと、前に出てきた。
気づくと、包丁を手にしたマスクの女も、上半身だけの男も、紫装束の老婆も、赤外套の男も、この場に集まってきていた。
「それ」を取り囲むように。
「おめえは、仲間になり損なった。てことは――こういうこった」
バケモノ達の、ぎらついた目が集中する。
先ほどまでとは違う。
知っている。これは、獲物を見る目だ。
「それ」は、大きく一度息を吐いてから日本刀を振りかざし――頚部に当てて一気に引き抜いた。
安寧を手に入れる、もう一つの方法だった。
血飛沫。
白い包帯はみるみるうちに赤く染まり、その場に「それ」は倒れた。
バケモノ達は、その体に群がった。
肉や骨の削られる音が続き、やがて、静かになった。
床には、赤い血の痕跡と切れ端になった包帯と、幾ばくかの肉片だけが残っていた。
人面犬の胴体がむくりと起き上がり、落ちていた首のところまで歩いていくと、ひょいと身を屈め、頭部は元に戻った。
「あーびっくりしたわぁ」
ごきごきと首の調子を確かめる。
「なかなか、合格者は出ねえもんだなぁ」
そして――「ん?」と鼻をひくつかせた。
「まだ、人間がいるな」
人面犬が辺りを嗅ぎ回り、足を止める。
バケモノ達は一斉に――こちらを見た。
了
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