怪物團

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男子学生は、ふらふらと歩いて道端の植え込みに片足を突っ込んだ。 「おっとぉ……」 自分でおかしくなったのだろう。声に出してケラケラ笑った。 酔っぱらいの目には、世界のすべてが愉快に見える。 他には誰も通らない、終電車後の下宿への帰途。 繁華街から距離のある高架線路沿いは街灯も疎らで、車もこの時間は絶えている。 物寂しいが、慣れた道であるせいか、または、そんなことが気になるような状態ではないせいか、彼は鼻歌を歌いながら千鳥足で歩く。 たった一人。 喧噪から遠く離れて。 彼の通った跡を、真夜中の冷たい風が吹き抜けていった。 酩酊で上機嫌の彼の耳に、背後からキイキイと軋むような音が聞こえてきた。 初めは気に留めなかったが、だんだんその音は大きくなり、鼻歌を邪魔した。 ちっと舌打ちして、彼は頭を振る。 錆びついた金属の回る、不快な音。 そして―― ――……、トン…… 何かが聞こえた。 思わず振り返った。 ぼうっとする視界に、弱く明滅する小さな光が映った。 何だ? と足を止めて目を凝らすと、「それ」は徐々に近づいてきた。 軋み続ける金属音。 そして、白っぽい姿。 ――自転車? 自転車に乗った、白い人間。 それとともに、金属とは別の音も近づいてくる。 低く嗄れた声が、何かを呟いている――いや、歌っている。 ――トン、……トン 酔っ払い仲間に見えたか、彼は、ぶふっ、と笑って「それ」を待ち構えた。 からかってやろうとでも思ったのかもしれない。 しかし、「それ」が近づくにつれ、男子学生は真顔になった 古い、黒い自転車。 乗っているのは、白い服ではなく――包帯を全身に巻いた人間。 やばい、と瞬間的に察したのだろう。 彼は、走り出した。 けれど、足が縺れてうまく走れない。 ()けつ(まろ)びつ、ガードレールに手をかけて慌てて立ち上がろうとする。 キイキイという耳障りな金属音が、より大きくなった。 その耳に、今度ははっきりと、歌が聞こえた。 ――トン、トン、トンカラトン……トン、トン、トンカラトン…… 同じ節を、繰り返し繰り返し。 苦役のように。 地の底から響くかのように。 近づいてくる。 「ヒッ……!」 男子学生は、竦み上がった。 金属音は止み、いつの間にか、目の前に「それ」がいた。 全身にぎっちりと巻いた包帯のわずかな隙間から、濁って血走った目だけが見えた。 「……っ、」 声が出ない。 ――トンカラトンと言え。 「……は、え?」 彼は、口をぱくぱくさせた。 異形の存在に語りかけられたことも、その言葉の内容も、まるで理解が及んでいないようだった。 ――トンカラトンと言え。 「……え、えっ……なに――?」 ガードレールで体を支えたまま、彼は阿呆のように「それ」を見上げている。 「それ」は、ゆっくりと片腕を振り上げた。 腕にも、白い包帯がぎっちり巻かれていた。 男子学生はその包帯に、赤黒い染みが散っているのをぼんやりと眺め――腕の先に、光るものを捉えた。 「……え、嘘……」 闇の中、不穏に青光りする日本刀の刃が、彼の見た最後の光景だった。
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