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「亜美、どうだった? 今回の新しいお化け屋敷」
「ひどいよ真由〜、わたしがこういうの苦手なの知ってるくせに」
真由はお化け屋敷フリークだ。遊園地から学校の文化祭まで、どこかに新しいお化け屋敷が出来たとか、リニューアルしたとかいう話を耳ざとく聞きつけては、嬉々として突撃する。
その度に付き合わされるのがわたしだ。どんなお化け屋敷に行ってもケロッとしてる真由とは違い、わたしは暗いのも怖いのも大の苦手だ。
それでも毎回真由に付き合ってしまうのは、小さい頃からの友達だということ以上に、惚れた弱みというものもある……のかも知れない。
だって、わたしが怖くて泣いてしまった時、真由はよしよしと頭を撫でてくれたり、時にはぎゅっとハグしてくれたりする。
それが嬉しくて、わたしは毎回真由に誘われると、ついついお化け屋敷に行ってしまうのだ。
「ねえねえ亜美、見て! 『地域活性化の一貫として、廃校になった小学校をお化け屋敷化』だって! 行ってみようよ!」
またしても真由はネットで新しいお化け屋敷情報を探して来た。
「もー、真由ったら、わたしがそういうの苦手なの知ってるくせに!」
「でもさ、これ、期間限定のイベントなんだよ。結構人気みたいだから、すぐチケットなくなっちゃうよ」
真由は小首をかしげ、上目遣い気味にわたしを見た。
「わたし、亜美だから一緒に行きたいんだよ。今までだって、亜美とだけしか行ってないでしょ?」
……ダメだ。わたしはこれに弱いんだ。真由がわたしの気持ちをどれだけわかってるのかは知らないけど、これをやったらイチコロだっていうのは充分理解してるに違いない。
わたしは深ーくため息をついた。
「仕方ないなあ……」
「やったあ!」
飛び上がって喜ぶ真由がとても可愛い……と思う自分は、多分、末期だ。
日曜日、わたしと真由はバスに乗って山間のお化け屋敷イベント会場へ向かった。
元は小学校だった建物はおどろおどろしく装飾されていて、入る前から気味が悪い。町の有志で作ったと聞いていたけど、思ったよりも本格的な作りのようだった。
「作ったのは町の人たちだけど、ホラーとかお化け屋敷方面のプロの人にもアドバイスをもらったらしいよ」
と真由が教えてくれた。
お客は二〜三人で組になり、組ごとに中へ入って行く。中にはいくつかのチェックポイントがあり、そこでいろんなミッションをこなすようになっている。
もちろん、理科室とか音楽室とかの怖そうな場所がチェックポイントになってて、怖がらせるための仕掛けが満載だ。考えるだけで震えて来る。
「もともと本物の学校だもんねー。よくあるじゃん、学校の怪談とか七不思議とか。そういうの、まだ残ってたりしてね」
そんな時に限って、真由がまたウキウキした表情で怖がらせるようなことを言うんだ。この子、もしかしてドSの素質があるのでは……?
……そんな真由から離れられないわたしも、もしかしたらドMなのかも知れないけど。
「あ、そうだ亜美」
ドSは……じゃない、真由はニヤリとわたしに笑いかけた。
「賭けをしない?」
「賭け?」
「そ。怖がりの亜美ちゃんが、最後まで泣いたり悲鳴を上げずに出て来られたらあんたの勝ち」
「いやいや、それはいくらなんでもわたしが不利じゃない?」
「もしも亜美が勝ったら、何でも一つだけ言うこと聞いてあげるよ」
「やります」
思わず即答してしまってから、速攻で後悔する。チョロい。なんてチョロいんだわたし。ていうかその条件、真由、あんたもしかして小悪魔か。
でも、宣言してしまったからには仕方ない。わたしは真由と共に、お化け屋敷に足を踏み入れた。
怖い音や声を聞かないように持参した耳栓をして、怖いものをなるべく見ないように薄目になって。とにかく感覚をシャットダウンする。
出来れば早足で歩きたいけど、視界が効かないのでまっすぐな道以外はどうしてもゆっくりになる。
それでも。
真由はずっと、わたしの側を離れずにいてくれる。お化け屋敷を楽しめる真由なら、早く先に行きたいだろうに、わたしについていてくれる。そんなところが好き。
なんとか協力して、わたしと真由はチェックポイントをクリアして行った。もちろん散々驚かされたり怖がらせられたりして、泣きそうにはなったけど、なんとかこらえることが出来た。
三つ目のチェックポイントではいきなりお化け役の人が飛び出して来て、思わず悲鳴を上げそうになったけど、口を押さえて必死に飲み込んだ。危ない危ない。
進むに連れて怖い演出もエスカレートして来て、わたしはほとんど目を開けられなくなった。
と。
わたしの右手を、誰かがそっと握った。
お化け屋敷でお化け役がお客に触れることはない。これは……真由の手?
片方の耳栓がそっと外された。真由がわたしの耳に顔を寄せる。
「大丈夫、わたしがついてるよ」
ひそやかな声を耳の中に閉じ込めるように、再び耳栓で蓋をする。大丈夫。真由の言葉がわたしの耳の中に封じ込められている。
わたしはつないだ手を握った。手は優しく握り返して来る。
行こう。もう少しで出口だ。
わたしの心臓がいつもよりドキドキしてるのは、きっと怖さのためだけじゃない。これは吊橋効果というものなんだろうか?
このドキドキが真由にも伝わって、真由にも吊橋効果があったらいいのに。そう思いながら、わたしは真由と並んでお化け屋敷の出口を目指した。
薄目を開けたわずかな視界に、光が見えた。ゴールだ。
もうここまで来ると、お化けもいないしおどかす仕掛けもない。わたしはホッとして、目を開けて左手で耳栓を外した。
「やったじゃん、亜美! やれば出来るじゃん!」
真由はわたしの隣ではしゃいでいる。
「真由のおかげだよ。励ましてくれたし、手もつないでくれてたし」
「えっ? 手?」
真由はきょとんとして、両手を振って見せた。
「手なんてつないでないよ。途中で励ましてはあげたけど」
「へ?」
わたしの右手には、まだつないだ手の感触がある。でも、これは真由の手じゃない……? 思った途端、その手が離れた。わたしは反射的にそちらの方を見た。真由もつられてそちらを見る。
それは、11〜2歳の女の子に見えた。おかっぱ頭の可愛い子だった。その子はわたしと真由の目の前で、通路の暗がりに溶けるようにすうっと消えてしまった。
「え? 今のってもしかして……」
「……本物の……幽霊……?」
そしてわたしと真由は同時に、その日一番の大声で叫んだ。
「きゃあああああっ‼」
後でネットで調べてみると、ここは小学校だった頃から「出る」という噂で有名な場所だったらしい。
「もう、聞いてないよ……本物が出るなんて……作り物だから楽しく怖がれるのに……」
帰りのバスの中で、真由はまだ涙目でぶつぶつ言っている。作り物のお化け屋敷はあれだけ平気な顔をしてるのに、本物には弱いらしい。気の強い真由の弱い一面を見れて、わたしはちょっと嬉しい。
ていうか、あの幽霊ちゃんには感謝しかない。だって、涙目の真由の頭をよしよしと撫でたり、ハグしたりと、いつもわたしが真由にやってもらってることを全部やってあげることが出来たんだもの。今だって、真由はわたしとしっかり手をつないでるし。
やがて、真由は疲れたのか、わたしの肩にこてんと頭をもたれかけて居眠りを始めた。ああもう、愛い奴じゃ。
わたしはこのささやかな幸せを噛みしめながら、寝ている真由を起こさないように、そっと彼女の髪の毛にキスをしたのだった。
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