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手記
僕の平凡で退屈な人生の中に、たった二つだけ存在する、非凡で愉快な出来事についての話をしよう。
青々として強烈な、高校二年の夏の記憶。
僕にとっての青春時代。
本当は、ずっと胸に留めておくつもりだった。しかしある日、風呂場でシャワーの蛇口をひねった瞬間に、やはりこれは仕舞っておかれるべきではないのだと思った。
過去は褪せるものだ。あの頃起こったこと、感じたこと、見たものは急速に色を喪って消えていくものなのだ。それに気がついてから、いてもたってもいられなくなった。
僕は愛用のシャープペンシルと用紙を揃え、デスクランプの明かりを絞って机に向かった。それから狂ったようにマス目を文字で埋めることに徹したのだ。
伝えたい言葉を文章として組み立て綴っていく作業は、思った以上に大変だった。
自分の心臓を絞ってそこから出た汁を飲まされているような、血液の一番ドロドロしたものを掬って見せつけられているような、そんな感覚がしていた。ひょっとしたら不快にさえ思えたのだが、ペンを動かす手が止まることはなかった。
さて、その出来事について詳しく話していこうと思う。僕の身に起きた、あるいは起き続けていた、二つのこと。
一つ目。僕はバケモノに命を狙われていた。七年間、休む暇もなくである。
バケモノの正体は当時はっきりしておらず(というか、今もよくわかっていない)、そいつのことは〈クラガリ〉と呼んでいた。まっくろな影のようで、よく物を刈り取れそうな大きな鎌を持っていたのが由来だ。
その条件から一時期〈クラガリ〉は死神ではないかとも疑っていたのだが、結局その仮説は却下された。そのことについてはまた後で話すとしよう。
二つ目。僕は、いわゆる〈青春〉というものを経験できないようになっていた。
形や時期や大小あれど、誰しもが送るであろうそれを、みんなと同じように迎えることが僕には許されていなかった。
それもまた、〈クラガリ〉が関係しているのだけれど。
十歳の夏。僕は、自分の命と引き換えに、未来で送るはずだった〈青春〉をバケモノに引き渡したのだ。
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