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あたしは、あいつを許せない。
あたしの彼氏のマコトは、すっごくカッコイイのよ。背は高いし、顔も素敵。性格だって、とっても優しいの。あたしが頼めば、何でもしてくれる。
愛され過ぎて、困ることもあるけどね。帰って来るなり、体を求められたこともあるの……玄関で、いきなり抱き着かれて押し倒されたことだってあるんだから。あの時は、本当に困ったな。
でも、あたしは知っている。
マコトが最近、別の女を見ていることを。
あの女は、あたしと違って小柄でスレンダー。普段は、とってもおとなしい。部屋の隅っこで、じっとしてるタイプ。
でも、あたしにはわかる。あいつは、男と二人きりになると、本性を剥きだしにするタイプ。やっぱり男は、ああいう小さくて痩せてる娘の方が好きなのかしら。
マコトは、あたしのぽっちゃりしてるところが好きだって言ってくれたけど。
ちょっと! あれ見てよ!
どうも怪しいと思って部屋まで見に来たらさ……マコトの奴、鏡を見ながら、あいつの腰を撫で回してるじゃない。あの腰のくびれを、マコトの手がいやらしくはい回っている……。
なんていやらしい手つきなの! マコトが触っていいのは、あたしの体だけなんだからね!
あの女は、じっとマコトを見つめてる。おとなしい小娘のふりをして……。
あー、殴りたい。本当に、ボコボコにぶん殴ってやりたい。
うわ! 何あれ!
マコトったら、あいつにキスしてる!
許せない……あいつ、マジでボコりたい。マコトの唇は、あたしだけのものよ! マコトの顔に触っていいのは、あたしだけなんだからね!
ちょ、ちょっとお!
あいつ、何なのよ!
いやらしい! マコトのほっぺをべろべろなめまわしてるじゃないの!
あいつ、本当にぶっ殺したい! 思いっきり蹴飛ばしてやりたい!
な、何よあの声!
いやらしい声を出しながら、マコトの唇をなめまわしてるなんて!
も、もう許せない!
あの女、ぶっ殺してやる!
あたしは、部屋に飛び込んでいく。マコトの奴、びっくりしてこっちを見てる。
でも、あたしの相手はマコトじゃない。あの女よ!
あたしは、思いきり叫んだ。
「てんめえぇぇ! マコトから離れろおぉぉ! くおぉの、泥棒猫があぁぁ!」
・・・
「フシャー!」
凄まじい声と共に、部屋に飛び込んで来た彼女を見て、誠は呆気に取られていた。
「おいおい、どうしたんだよう」
誠は、苦り切った表情で声をかける。
そこには、飼い猫のニャムコがいた。凄まじい形相で、こちらを睨んでいる。背中の毛を逆立て、時おり「ウウウウ……」という威嚇の声すら発しているのだ。
「いつもはおとなしいのに、なんでだろうな?」
思わず首を捻った。
ニャムコは、今年で一歳になるハチワレの雌猫である。体は大きくて毛はふさふさしており、コロコロとよく太っている。顔はまんまるで、お腹回りにはタプタプと肉が付いていた。
だが誠にとっては、そのお腹がたまらない魅力なのである。誠は、ニャムコのお腹を撫でたり顔を押し付けスリスリするのが大好きである。ニャムコと遊んでいる時こそが、何物にも替えがたい至福の時であった。
そんなニャムコは、普段はとてもおとなしい。のんびりした性格でもある。部屋の中をのそのそ歩き、誠が帰ると玄関でじっと待っている。
「ただいま」
誠が声をかけると「にゃあ」と鳴きながら、嬉しそうに頬ずりしてくるのだ。さらに、「お腹も撫でる?」とでも言わんばかりに、彼の前で仰向けになりお腹を見せつけてくるのだ。
「ニャムコは、本当に可愛いなあ」
誠は、ニャムコの腹を撫で回す。ニャムコは、喉をゴロゴロ鳴らしながら甘える……それが、帰宅時の儀式となっていた。
なのに今、ニャムコは毛を逆立てている。ウウウと唸りながら、誠の手にしたものを睨みつけているのだ。
「どうしたんだ……もしかして、これが気に入らないのか?」
言いながら、持っている物を見た。先日、買ったばかりの電気カミソリだ。今までより大型の物である。ウィンウィンと音が鳴っている。
ひょっとして、この音が気に入らないのだろうか? 誠はカミソリのスイッチを切り、ニャムコに近づけてみる。
すると、ニャムコは吠えた。
「フシャー!」
いつもとは全く違う凄まじい声を上げながら、強烈な猫パンチが飛んで来た。それも、立て続けに数発……その攻撃は、全て電気カミソリに命中した。放っておけば、破壊してしまいそうな勢いである。誠は、慌てて引っ込めた。
「わかったわかった。もう近づけないから、ごめんよ」
こうなっては仕方ない。誠は、ニャムコから距離を置いた。再び、カミソリのスイッチを入れる。髭を剃らなくては、上司に怒られるのだ。
ウィーンという音が鳴り出した。それを顔に当てた途端、ニャムコはまたしても怒り出す。
「フシャー!」
吠えながら、こちらに近づいて来た。かと思うと、またしてもカミソリへの猫パンチ連打……どうやらニャムコは、このカミソリがよっぽど気に食わないらしい。
「おい、わかったからやめてくれよ」
仕方ないので、戸棚からモンペチの缶を取り出した。超高級な猫専用ウェットフードの缶詰である。ニャムコの大好物なのだ。日曜日と祝日だけあげることにしていたのだが、今日は仕方ない。
缶を開け、中身を皿の上に乗せると、ニャムコはおとなしく食べ始めた。しかし、時おり鋭い目で誠を睨む。「こんなんじゃ、ごまかされないから!」とでも言っているかのようだ。
その態度に、思わず苦笑した。
「全く、おかしな奴だなあ……でも、こういうとこも可愛いんだけどな」
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