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明け方の崖にて
「おい、お若い人!早まっちゃいかん!」
出鼻にいた健一は振り向きざま言った。
「いや、止めないでくれ!止める人は優越感で止めるんだろうが、可愛い子とデートはさせてくれないからな!」
「ほう、そんなことをおっしゃるということは可愛い子とデートできない身の上だから自殺する、とこういう訳ですな!」
「そう、その通り」
「では、私が可愛い子とデートさせてあげましょう」
「えっ、ほんとですか?」
健一は声を掛けた者の方へ体を向けた。
「ええ、但し、条件が有ります」
「な、なんでしょう?」
「私に命を売ってください」
「えっ!」
「この儘、死なすと、あなたは天国へ行ってしまいます。何しろ、あなたは潔癖にお暮しでいらっしゃいましたからねえ」
「あなた、何者なんですか?」
「私は悪魔です」
「悪魔!」
「ええ、ですから私に命を売れば、地獄行きになります」
「そ、それは嫌です!」
「それでは可愛い子とデートするという夢を実現することなく、あなたは死ぬことになります。それでもよろしいんですか?」
そう言われてこのまま死ぬのが堪らなく惜しくなった健一は、「しかし・・・」と言いながら腕組みして暫し考え、期待を持って、「本当に可愛い子とデートさせてくれるんですか?」
「勿論です。疑うなら今すぐここに連れて来ましょうか」
こくりと健一が頷くと、悪魔は背後にある森に向かって叫んだ。
「おーい!出て来るんだ!」
その途端、森から一匹の白狐が飛び出して来て悪魔の横に来たかと思うと、美しい妙齢の女に一瞬の内に変化(へんげ)した。
「どうです、こんな可愛い子とデートが出来るんですよ」
「しかし、人間じゃない」
「人間ですよ」と悪魔は言うなり女に向かって、「さあ、あの人にあいさつしなさい」
「はい」と女はしおらしく返事をすると、健一に近づいて行って丁寧に一礼してから、「さあ、私とデートしましょう」と言って右手を差し出した。
健一は恐る恐る右手を差し出し女の手を握ってみると、人間らしく温かく女らしく柔らかい感触を覚え、動きと言い、声と言い、確かにこれは本物の女だと思った。
「どうです?」と悪魔が問うと、健一は感激して言った。
「す、素晴らしい!こんな可愛い人と手を繋げるなんて最高です!」
「そうでしょう、では、一日、この子をお貸ししますから存分にデートを楽しんでください」
「たった一日ですか?」
「ええ、お嫌なら今直ぐ飛び降りるしかないですな」
健一は相当迷ったが、結局、目先の誘惑に負け、デートする方を選び、命を売る契約を悪魔と結んでしまった訳だ。
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