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おおきなのっぽのふるどけい……思わず歌い出しそうになる時計だった。
『この前に来た時から店には違和感があったけど、この時計だけはどっしりしていて落ち着くわ』と心のなかでつぶやき
『店の名前がふりこなのは、この振り子時計に関係しているのね』と納得した女性は、再び視線をカウンターの中の男に戻す。
カウンターの向こうには調理台があるのだろう。手元はこちら側からは見えない。男の立ち働く背景の壁際には棚が一面にしつらえてあり、たくさんのカップが並んでいた。
そのカップを上部から柔らかい光が照らしている。
色とりどりの形も異なる、海外のブランドあるいは国産の名立たるメイカーの陶磁器のカップなのか、どれも美しく輝き存在感があり、食器というより美術品のように、この店が喫茶店であることを演出させるものたちであった。
『あれがなかったら、喫茶店といわれても誰も納得しないわ。貸しスぺースでも通るのではないかしら』
と女性はさらに考え、水を飲んだ。ほんのりレモンの香りのする水だった。ウォーターサーバーにレモンのスライスでもいれているのかしら、と女は思う。
そのうち、コーヒー豆の引く良い香が、鼻腔をみたし、恍惚となった。
コーヒーは大好きなのだ。コーヒーの香りには、落ち着く要素と、元気になる要素があるし、ジリジリと恋焦がれるような魅力があり、そしてカフェインの覚醒作用に条件反射するように香りが体の欲求を誘ってくる。
麻薬のように体を支配するカフェインを自分はあえて制限しているのだ、と思いめぐらせながら女性は嵯峨に目を移す。
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