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 この日女性は長時間、電車を乗り継いできたので、いつものスラックスではなく、グレイのスカートをはいていた。「すうすうする」のでスカートは好きではないのだが、それでも他所行きになることは女性に緊張感を与えてくれる。 『スカートでは、逃げられないのに。そんなリスクを冒してもここに来たのは、やはり今日という日を特別な日としたかったのだろう』  女性は自分で自分の心を推し量る。  相変わらず男は寡黙で伏し目がちにコーヒーを入れる作業に専念していた。 『自分を変える特別な日に……したい』  女性は胸の動悸を治めるように、そっと胸元に手をやった。  その胸元を隠すのは黒のカーディガンとセーターのアンサンブル。崩れた体形でも、きちんとみせてくれる一番の味方だ。朝、自宅の姿見で、確認した自分を思い浮かべる  六十数年間の月日は、女性から丸みを奪い、色つやははるか過去のものとなった。  それでも、自分らしい自分に鏡をとおして笑いかける。『隙はないはずよね』  『何度もこの日のために、どう話そうか練習をしたのだし』と自信がわき  「きょうこそ夢の秘密が解明されるのだわ」独り言も自然と口から出るのだった。 「お待たせいたしました」声がして、すっとコーヒーが差し出された。  有田焼の藍染めのカップに入ったコーヒーだった。かちっとわずかにカップがソーサーをこする音がした。  女は思わずカップに手を触れはっとした。  この陶器の感触はこの前骨董市で買ってきた陶枕を思わせるものであった。
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