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「ば、ばけもの!」
人間達がバケモノを見て一目散に逃げ出した。そのバケモノは飛び交う悲鳴にも意を介さず、長い爪をピクリと動かした。
「や、やめて!」
少女が一人、逃げ遅れた。バケモノのぶら下がっている枝の下で、転んだ拍子に右足を挫いて動けなくなっていた。
「お願い、命だけは助けて!」
バケモノはゆっくりと三本の長く伸びた爪を開いた。
「やだ!こないで!」
少女の悲鳴を押さえつけるかのように、少女を真っ直ぐに見つめた。
その瞬間、女の子を庇うように、男の子が走り込んできた。
「バケモノ!この子を返してもらう代わりに、この僕の命をお前にやる!」
「ダメ!」
「ミオちゃんは逃げて!後は僕に任せて」
「見て、あの二本の長い爪。タクの両方の目玉に刺して、目玉を食べるつもりよ」
バケモノは少年の顔をジロリと見た。決して目を逸らさず、少年を見続けた。
「目を逸らしたら、殺される」
少年は決してバケモノから目を逸らさなかった。少女のために。
「あの垂れた目は私達を油断させてるのよ。私達が一歩でも逃げようとしたら、あの長い手足を蜘蛛のように回転させて一気に背後に迫ってくる!」
「僕達、どうすればいいんだよ!」
バケモノは決して動く事無く、少年達を見つめ続けた。
そして一週間が過ぎた。
「ミオちゃん……僕はもう……」
少年はそのままそっと目を閉じた。
「タク!タク!」
少女はバケモノを睨みつけた。喉も渇き、空腹で頬もこけていた。それでもバケモノには決して負けないという強い意志をもった光を目に宿していた。
「バケモノ、私達はあなたには負けない」
バケモノは少女の眼から放たれる強い意志に圧倒されたのか、顔を横に向けて両の目を逸らした。
「勝ったよ、タク……」
少女はか細い声で呟き、少しずつ目の光が弱くなっていく自分を感じていた。
バケモノは息絶えた少年少女を見つめながら、涙を一粒流した。
なあ、バケモノ。
君はそんな気は無かったんだよな。
でも君は負けたようだ。
なあ、負けもの。
(おわり)
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