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「あれに入って行く気力があれば、行ってきていいよ。待ってるから」  傍らのぼくを振り返り、やる気のない指先で人が圧縮された購買部を指す。  廊下を進む途中から人が多くなってきた時点である程度察してはいたが、現場の混雑っぷりは想像以上だった。  考えればたとえば生徒の半数が弁当だったとしても、もう半分がこの一角に集中すると思えば簡単に予想がついたものだ。 「いや、…… 行きたかないけど、昼が無いのはつらいし」  他人事みたいに言っているこいつだって昼を買いに来たのではないのか。ぼくが相手を振り返ると、彼は「だよね」と頷いた。 「ちょっと歩くけど、こっち」  そう言ってぼくの腕を掴んで引っ張り、人の波から連れ出した。  人ごみを抜けるとあいつはぼくの腕を放してしまったが、掴まれたところはまだふんわりと温度を残しているように感じた。  やがてあいつが向かった先は、なんと校外だ。思わずついてきてしまったが立派な校則違反である。  ぼくは連れてきたあいつに「告げ口されるとは思わないのか」と内心驚きつつ尋ねると、あいつはいつものなんともないような顔をして返した。 「間違ってないから、いいんじゃないの」  そう言って学校近くの個人経営の店に入って行く。  おばあちゃんに差し掛かった店主らしき人が、にこりと笑ってぼくらを迎えてくれた。 「あ、でもさ」  無事、購買とほぼ同額のパンを手に入れて教室に帰ると思いきや、屋上への階段を昇り始めたあいつがふとぼくを振り返った。  あいつからアクションがあることなどほとんど初めてに近くてぼくは少し驚いた。 「あんまり考えてなかったけど、校則違反に付き合わせたことになるな。  すまん。何かあったときは、おれが連れ出したって言って」 「………」  何を言われているのかを、一瞬考えあぐねた。だが、ぼくがなにかを返す前にあいつはさっさと階段を上って行ってしまう。  ぼくの返答など特にいらないような背中に、小さな寂しさを感じた。  結局ぼくはこのことを誰にも言わなかった。
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