渡る世間のモンスターたち

3/10
前へ
/10ページ
次へ
 宇美だって、痩せたいとは思うのだ。  かわいい服を着て、彼氏だって作って、公共の乗り物を使っても嫌な顔をされたりしない。だが、どうしても食べることをやめられないのである。    今日、在庫表を確認する後ろで、店長の真紀が嫌な顔をしたのを知っている。  ――甘いものが食べたくなった。帰りにお菓子屋さんに寄ろう。    今日、レジ対応をした客にじろじろ見られた挙句、退店の際に嗤われた。  ――脂っこいものも食べたい。コンビニで揚げ物を追加しよう。    明日、社長の店舗見回りがある。どうせあからさまに宇美を馬鹿にするのだ。  ――明日の朝ご飯は大盛のカツ丼がいいな。  美味しいものを想像しているときは幸せだ。あれが食べたい、これが食べたい。とても楽しい。食べた瞬間も幸せだ。口の中いっぱいに広がる味。かりっとした揚げ物の感触、舌の上に広がるお菓子の甘さ、炭水化物のどっしりとした満腹感。  お腹はちゃんと膨れるのだ。むしろ空腹感を覚えているときの方が珍しい。しかし、どうしても物足りない。なにか嫌なことがあったとき、悔しい想いをしたとき、心の中をなんとも言えない隙間風が吹き抜ける。それが、宇美の中で「足りない、足りない」と叫ぶのだ。  だから、食べる。一度食べだすともう止まらない。  春巻き、チャーハン、麻婆豆腐、おまけにプリン。これが今日の晩御飯。食べて、食べて、食べて、お腹はちゃんと膨れているのに、食べ終わった端から心のほうが空いてくる。そしてまたお腹も空くのだ。  今日はこんな嫌なことがあった、こんな嫌な客が来た、明日はまた嫌な一日がやってくる。  だから食べる。食べている瞬間は嫌なことを全て忘れられる。忘れて、ただ食べて、味を感じて、その喜びを噛みしめるのだ。  宇美の体重は入社数年で四十キロ以上増えた。学生時代も細かったとはいいがたいが、それでもぽっちゃり程度。さて当時の友人が今の宇美を見て、すぐ彼女だとわかるかは怪しい。  食べることを止められないのなら、運動をすればいいのである。  しかし、色々試してみてもただの一つとして続いたことはない。そもそも、ただでさえストレスの多い接客業だ。雑貨店の品出しは体力も使う。そこに客や他の店員の視線でささくれた心を抱えて帰宅すれば、とても体を動かす気になどなれない。  宇美としては、理不尽だと言いたい。  こんなに疲労やストレスと抱えているのだから、それでカロリーだって消費されているはずなのだ。だから痩せればいいのにと思うのに、体重は増える一方なのである。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加