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人混みをキョロキョロと見渡し、やっと雄太を見つけた。この人混みの中、なにも目印を持たない雄太を見つけるのは困難であった。
「華、どうだった」
「うん……とりあえず消毒してもらった」
よかった、と雄太は安堵する。そういえばと雄太は、救護班のあたりを見ながら言う。
「さっき、華がいた辺りで騒ぎあったよな。どうしたんだ?」
華は先ほどのあった光景が、首が痙攣している男性の姿が、華の脳裏に焼き付いていた。痙攣する頭、虚ろな目、そして、噛まれた首。思い出して華はゾクリとする。その不穏な様子に雄太は華の顔を覗く。
「……どうした?」
「……目の前の人が、首噛まれてて……」
自分の袖をギュッと掴む。俯いている華の姿は、いつか私もああなるかもしれないという不安に満ちていた。
雄太は、華の片足から覗くガーゼに目をやり、ごくりと唾を飲む。聞いていいものかと鈍感な雄太でも思ったが、これからにもかかる事だから聞いておこうと、決死の覚悟で聞いた。
「……引っかき傷は、大丈夫なんだよな?」
しばらくの沈黙があった後、華は口を開く。声は震えていた。
「……わからないって……でも、もし、そうだとしても進行遅いだろうって。進行が遅ければ、薬もできるだろうって」
途切れ途切れに伝える華は最後に、でも、今は何もわからないみたい、と付け加えた。その様子に、これ以上不安を与えてはならないと雄太は腕を組んだ。
「そっか……」
口にすることで、また不安に陥る華を雄太は元気付けた。
「引っかき傷からああなったら、漫画や映画はほとんどアウトだ。でももしそうでも、日本の科学なら大丈夫」
な? と優しく抱きしめた。華は、ごめん、ありがとう、と雄太の胸に顔を埋める。華はこの胸なんど助けられたことかと、頬を擦った。
「そうだ、親に連絡しなきゃ」
そういって携帯を出す華に雄太は静かに首を振る。
「混線しててまったく繋がらない」
華は試しに母に通話してみるも、雄太のいった通り混線していてまったく繋がらなかった。これが他の県もなのか、あるいはこの町だけなのか、まったく情報も入らなかった。当たり前に周りの人もその状態なので、混乱は続いている。
「……大丈夫かな」
「大丈夫だよ」
とりあえず二人とも無事なこと、一旦落ち着き安堵したのも束の間、先ほどの並んでいた救護の辺りから叫び声が聞こえた。蜘蛛の子が散るように、救護に並んでいた人々が走る。野太い男の声、甲高い女性の叫び声が混じる。人の逃げる振動で、床はドタドタと響く。
「なに?!」
「なんだろう、人混みで分からない……!」
そこに目を凝らすも、人混みでその叫びの原因が分からなかった。すると一斉に人々が出口の方へ流れていく。
その光景に驚き動けない雄太。逃げまどう人たちの肩がぶつかりにぶつかり、どんどんと押し出されそうになる。
「ゆうくん、はぐれるとマズイから!」
腕をがっしりと掴んだ。その言葉で雄太はハッとし、華の腕を握った。
「将棋倒しなんかになっちゃ危険だから、もう少し様子を見よう」
華は、咄嗟の時にしっかりとしている。あの時もそうだったなぁと、雄太は場違いなことを考えていた。
そんな中、雄太の腕にしがみつく。華に目をやると、目をこれでもかというほど開いていた。
「うそでしょ……!」
先ほど、痙攣した男性が運ばれた救護室から、4人が出てきた。
内3人は、担架で男性を運んだ警察官である。
ズリズリと足は引きずり、頭は不安定にガクガクと前後に揺れていた。唾液は飛び散り、口からは意味不明な奇声を発している。
そうなると、もうこの施設にさすまたで捉えようという人はいなくなったということ。つまり、ここに安全は無くなったということを意味していた。
皆んなが逃げ惑っていたのである。
「おいおいおい、まじかよ……!」
人混みなんてもう気にせず、2人で出口へ走る。人と人がぶつかり合い怒涛が飛んでいた。子供の泣き声も聞こえる。
「あぶねえぞ!!」
「はやく出て!!」
後ろからドンドンと押される。
飛び交う怒涛と熱気、そして恐怖で人々は泣く人、怒鳴る人と、こういうときほど、人間は本性を隠せずにいる。見えない出口に雄太は、内臓が潰れてしまうのではと思うほどであった。常に華を確認しながら、徐々に出口へと近づいていった。
やっとの思いで出た外はもう暗く、謎の病の存在を改めて再確認した今、この暗さでは昼とまったく別物であった。街灯が灯っている奥の暗闇は、ホラー映画さながら2人を恐怖に陥れた。
「どうしようゆうくん!」
片腕にしがみつく彼女を、絶対に守らねばならないと雄太は強く思った。バクバクと跳ねる心臓を抑えようと大きく深呼吸した。
「とりあえず、2人で見回しながらアパートへ帰ろう。鍵もかかるし安全だよ」
華も、震えながらも、わかったと頷き、携帯のライトで照らしながら、暗い夜道を歩いていく。ゲームのように大量にはゾンビはいなかったものの、先ほど市役所を出た人が噛まれたいたり逃げ惑っていたり、この世ではない雰囲気であった。
「これが現実かよ……」
しかし大声を出さなければ気付かれない様子であったため、華は涙目になりながら、裾を口に押し当てていた。2人は息を殺し、歩き続ける。
噛まれたくない、その一心で恐怖に飲み込まれ発狂しそうな心を抑えた。
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