運命の決断

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運命の決断

「総理……山本総理!どこに行くんですか!」  長い廊下で、コツコツと革靴を鳴らした。シンと静まりかえった廊下を山本は歩いている。背筋を伸ばし、凛と歩いている後ろを少し小走りで秘書がついていく。廊下は長く、秘書はすこし息切れをしていた。  どこに行くのだと、なにをするのだといくら問いかけても山本は口を開かなかった。 「総理、いま出歩いたりなんかしたら……」 「おい、君」 後ろから話しかけられる言葉を気にせず、出口に立っていた警官に話しかけた。総理が近づいたことで、ピ、と背筋を伸ばした。 「はっ」 「少し出たいんだ、ついてきてくれるか」 「はっはい」 「総理!」  咎める言葉など、1ミリも耳に届いていない様子で、言葉も発さず、振り返りもしなかった。今すぐ掴みかかり、出るなと言いたかったが、総理のピンと伸びた背筋が言えない雰囲気を醸し出していた。  すぐ車がつけてある裏口を開ける。  外は雲ひとつない晴れであった。夏の日差しは、困りっきりであった山本、秘書、警官、それぞれを痛いほど突き刺す。手をかざし、目を細めても、突き抜ける光は廊下の奥まで照らした。 「総理……頼みますから、どうか今は……」  山本は、ひとつ、スウと息を吸った。くるりと向きを変え、長い廊下に戻って欲しいという秘書の願いも虚しく、警官に先導され、外へ一歩踏み出した。 「総理……」 「いってくる」  光に溶けるスーツの背中に、それ以上話かけられなかった。 「総理、私1人でいいんでしょうか」 「ああ」  瓦礫が落ちている道をガタガタと運転していく。警官は、助手席で脚を組み外を見ている総理をチラリと見やる。怒っているのか、何のために外出したのか、どこに向かっているのか。わからないまま、警官はアクセルを踏んだ。 「……君、銃は持ってるか」 「はあ、拳銃(リボルバー)ですが」 「少し貸してくれないか」 「それは……」 「少しでいい、上から何か言われる様であれば私が奪ったと言えばいい」 警官は、はあ、と眉を垂らしながらも、腰から拳銃を取る。 「できれば、腰紐も取って」 「は、はあ……」  拳銃につながる腰紐を外すと、総理の手にリボルバーを置いた。ズシリと思い鉄の塊は、掌をヒヤリと冷やした。拳銃からつながる長い紐は、助手席の床に垂れていた。 「重いものだね」 「鉄の塊ですから」 「君は、打ったことあるかい」 すこし傾ければ、鉄の重さで手首がグイと伸びた。 「演習では……実際打ったことはないです」 「そうか」 手のひらにある鉄の塊を、何か愛おしそうに見つめた。するりと銃口を指でなぞると、冷えた引き金に人差し指を掛けた。右手に伝わる冷たさが、今は心地よかった。 「そ、総理、気をつけてください」 「気をつけてるよ」 銃口をぴとり、こめかみに当てた。警官は、ぎょっと目を見開いた。ハンドルが左右に揺れる。 「あ、危ない!!」 「君の運転の方が危ないよ、そこを右だ。曲がったらまっすぐ」 「は、はあ……」 「今日は暑いだろう、冷たさが心地いいんだ」 「悪ふざけが過ぎます……」 「はは、引き金は引かないさ」 まだ。 そう心の中で呟くと、山本は目を閉じた。
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