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「おお、総理」
「お久しぶりです」
「総理が来る時は、いつも突然ですなぁ」
すいません、と総理は一瞥する。いいんですがね、と笑うと長く伸びた白い眉毛から鋭い眼光を覗かせる。
「それで、用件は如何しましたか」
「……会いに」
「会いに?」
スリッパの底をする音と、革靴の小気味好い音が廊下に響く。ただ1人連れた警官は車の中で待たせてある。柿原医師が、不思議そうに振り返る。
「はて、誰に」
「……藤田に」
柿原医師は目を見開いた。珍しいこともあったものだと、白く生えそろった顎髭を撫でた。
「なんでまた」
「話をしたくて」
「話?」
「ええ。……あんなことになっているのに、話なんておかしいでしょうか」
「……いや、よろしいことで」
おかしい、実際、おかしかった。
藤田が噛まれた時から見ようとしなかった総理が、冷たく接していた総理が、話などと。そんな違和感を飲み込みつつ、どうぞ、と部屋に招いた。
まるで高級なレストランのドアマンのような柿原に、すこしおかしく感じた。当たり前だ、そのドアの先は、四肢をベッドに縛りつけ、唸り、暴れている藤田がいるのだから。そんな想像の差は、天と地、それ以上、天国と地獄だ。山本は頭を下げ、部屋に入った。
その部屋の一歩は、遠く、低く、重いものに感じた。沼に踏み込んだような空気感だった。
「藤田……」
ベッドに括り付けられているモノは、紛れもなく藤田だった。いつも自分に助言をくれた方からは唾液が垂れている。いつも背中を預けていた瞳は赤く血走っている。拘束された手足は赤黒い血が垂れていた。でも、確かに、藤田だった。
「2人にしてもらえないですか」
「……あまりお近づきにならないように」
そういうと、重い扉が締まった。外の明るい光が遮断される。すこし聞こえていた研究員の声すら聞こえなくなった。
この部屋には、2人だけ。荒い息遣いと、唸り声。落ち着いた呼吸だけが部屋にいた。
「藤田、久しぶりだな」
当たり前に、返答は返ってこなかった。唸り声だけが返事だった。
「俺ァ、まずいコーヒー飲んで業務に当たってるっていうのに、お前はずうっと寝てんのか」
はは、と乾いた笑いが喉から出る。悪ふざけをとがめるものは、部屋にはいない。
「……もうなぁ、ダメなんだよ」
困ったように眉を下げ、笑った。心底辛そうな顔だ。きっと藤田がいれば励ましていたような状況は、尚更藤田の不在を強調させた。
「あのとき、お前が噛まれに行ったときだ。……殴っても止めればよかった。そうしたら……」
どうなっていたんだろうな。ただ、唸り声とベットパイプと手錠の当たる音だけ響く。
「明日、宣言を出す。発砲許可を出す。……もう待てないんだ」
胸の内ポケットから、ぎらりと光るものを出す。警官から預かった拳銃だった。山本は眉間にシワを寄せた。
「お前は、俺が終わらせる」
すまん
……ありがとう
体温で暖まった拳銃が、嫌に手に馴染んだ。
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