運命の決断

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息が浅くなる。天井が遠くなった。ここは病院でもなければ、病床でもない。ナースコールもない枕元のシーツをギュウと握った。 「っは……あ……が……」  歩けるが、深く息の吸えない状態がどれだけ怖いか。このまま止まってしまうのではないかという恐怖感が華を襲った。  真っ白な天井、冷たいパイプベット、ちかちかと点滅する蛍光灯。マットレスの知らない臭い、足の赤黒い色。……この部屋に1人ぼっち。  目が不自然にキョロキョロと動いた。こめかみからは、嫌な汗が滲んだ。吸った酸素が、肺に行き渡らないのを感じた。耳は血液の流れる轟々という音で満ちている。 「さ……さがわさ……ッハァッ」  なかば体当たりのようにドアを開け、廊下に出た。すこしだけひんやりとした空気が、体を冷やす。息苦しさは変わらないが、部屋にいるよりはまだマシだった。白い壁に伝いながら、重い足を引きずった。  ああ、もうだめなのかもしれないなぁ。こうやって意識が薄れていって、もう目は覚めないんだろうな。そして、自分の知らないうちに動き回って、襲って、噛んで……。  息苦しい意識の中で、変にそんなことを考えた。でも、まだ息はできてる。目も見えてる。靴も履かずに出てきた廊下は、靴下の這う音が響く。 「ささがわさ……」 「華さん?!」  廊下の端から、髪を靡かせながら笹川が走ってきた。ああ、助かった。その気持ちだけで、酸素がまださっきよりは入る気がした。 「くるし、く、て……」 「喋らなくていいわ」 「笹川さ、わたし、わた……わたし……」 へたりと座り込んだ華の丸まった背中を笹川はさすった。依然息苦しさはあったが、段々と落ち着いてきた。酸欠と恐怖から滲んでいた瞳から、涙が廊下に落ちる。 「少し落ち着いた?」 「さっき……よりは……でもまだ、くるし……」  喉がヒュ、となった。ぼやけた視界で笹川を見る。  さらりとした髪、化粧のしていない肌は綺麗だった。切れ長の目の奥には、すこし光の入った目。水分量の多い肌は、ぼやけた視界からでも分かった。形のいい鼻も、小ぶりな耳も、小さい顔から伸びる首も、ああ。  耳は、依然轟々と鳴る。 「……華さん?」  美味しそう ぼやけた思考で、そう思った瞬間、この白い建物に破裂音が響いた。聞き慣れないその大きな音に、華は目が覚め、自我を取り戻した。  わたしは一体何を。わなわなと震える手を見る。ありえない思考を飲み込めなかった。 「なんの音かしら」 ふと立つ笹川に、私も行きます、と呟いた。 「でも……」 「大丈夫、です……」  今は1人になりたくない。あの感情と、向き合いたくない。笹川は悩んだものの、華に肩を貸した。  足を引きずりながら、大きな音のした方は歩く。
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