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惨事
「ん……」
朝日がカーテンの隙間から漏れる。
目を覚ました華は、横で寝ている雄太の髪を撫でた。テレビをつけようとベッドから降りようとした時、包帯が巻かれた足首が視界に入る。
「あ……」
この包帯さえなければ、カーテンから漏れる優しい光と、横で寝ている雄太を見て昨日の出来事なんか夢だったんじゃないかと思うほどだった。
少しだけ血がジワリと馴染む包帯を取り替えようと戸棚に入っている救急セットを持ち出してテレビの前に座った。慣れた手つきでテレビの電源を入れると、ニュースは未だ昨日の出来事について語っていた。
この人たちは家に帰らなくていいのかといらない心配をしながら、華はテレビを見いる。
『いまだ原因は解明されず、一部の市では壊滅状態と情報が入っています。速やかな原因解明と制圧が……』
『まるで映画ですよ、ゾンビのようだ!』
『ちょっと、映画だなんて不謹慎じゃありません?』
足首の包帯を取ると、普通の引っかき傷のようであった。切り傷とは違い、雑にひっかかれたような傷で痛々しく見える。皮は逆立ち、ヒリヒリした。
しかし、もっと紫色になっていたり、腐っていたらしたらどうしようと思っていた華は少しホッとしながらも、いつもより多めに消毒液をかけた。傷にダラダラと伝う消毒液に、効いてくれ、と願いながら。
その必死に消毒液を噴出する音で雄太が目を覚ます。
「はな……起きたの?」
ベットから手を伸ばし、華のつややかな髪を撫でる。その手が心地いいようで、猫のようその手に自ら撫でられに行った。
「ゆうくん、おはよう」
「おはよう……足はどう?」
大丈夫、と華はまた包帯を巻き直した。華は、なんとなく、傷跡を見られたくなかった。私は普通、いつも通りなのだと、思いたかったかもしれない。
寝ぼけ眼でテレビに目をやると、ニュースの中の街の様子は映画さながらだった。寝ぼけ眼の雄太は依然夢でないのかとも思いながら目を擦る。
「日本だったら、すぐ、制圧できそうだけどなあ」
「原因がわからないから、自衛隊も手出ししようがないんだって」
「原因?」
「ウイルスだったら治るかもしれないし……動いてて死んでないのに撃って殺したら殺人じゃないかとか、人権が、とか」
映画みたいにいかないみたい、と華は救急セットを戸棚にしまう。雄太は寝ぼけながらも立ち上がり、背伸びをした。そっか、とひどい寝癖のついたまま雄太は、窓から外を見る。
ちらほらと人が歩いているが、よく見る感染し発症した人間であった。足を引きずり、どこに行こうともわからぬ様子でただただ歩いている。お、電柱にぶつかった……日光の下も歩くんだなぁ……と雄太は思ったが、それはドラキュラか。と呑気に一人でつっこむ。
寝起きだからなのか、明るい朝であることなのか、あるいは両方か。昨日のような緊迫感は湧いてこなかった。お腹をボリボリとかく。ちらりと後ろに目をやると、テーブルに肘をつき頬杖をついている華は、険しい顔をしていた。
フウと一息ついて、雄太は喋った。
「華、こんなんじゃ会社いけないね」
「そりゃね」
「……ラッキーだね」
そういう雄太に、何言ってんのと少し微笑んだ。
昨日から不安な顔しか見ていなかった雄太は、少しでも微笑んだ華をみて少し安心する。このままいつも通りに戻ったらいいのにと雄太は軽い気持ちで思った。このまま、いつも通りに戻るだろうと、思っていた。
華が、お腹すいたね、と冷蔵庫を開けると、冷蔵庫の中には、卵、ハム、レタス、キャベツ、ツナ缶にトマト、ピーマン…大量の食材が入っていた。というのも、おととい近くのスーパーが安いからと2人で買いに行ったからである。
「買いだめした後でよかったぁ」
「そうだね、こんな中買い物いけないもんな」
「買い物って、スーパーだってやってないでしょ」
それもそうか、と雄太は振り向くと、華は呆れたように馬鹿なんだからと微笑んでいた。その笑顔は朝日に照らされ眩しかった。この景色が毎日見たいから、雄太は同棲を申し込んだのである。
「ハムエッグでいい?」
「うん、ハムエッグ食べたい」
この部屋だけはいつも通り。そんないつも通りの会話に2人は安心しつつ、これからについて不安はもちろん抱えていた。
これからの生活のこと、そして華の足のこと。
でも、ゆうくんとなら。華となら。
そんな少しの希望を抱いて、この生活は始まったのであった。
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