運命の決断

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「なにをしとるんだ!」  華と笹川が向かった先には、柿原がいた。いつも閉ざされているドアは開き、唸り声が廊下に響く。藤田のいる部屋だった。その不気味な唸り声に、華は笹川を掴む手の力を強くした。 「先生、いったい何が」 「何も、どうもこうも……ああ、用心しておくんだった、突然会うなどと……違和感に気がつくべきだったんだ」  柿原は、いつもからは想像できないくらいに焦っていた。伸びた眉毛や髭で露呈している肌が少ないが、明らかに汗で湿っていた。なにをそんな、と、笹川は電気のついてない藤田の部屋に目をやった。廊下から差し込む光で辛うじて見えたのは、藤田、総理、その手に持つ拳銃だ。紛れもなく銃口は、藤田の頭を狙っている。拘束されている藤田を見たからか、それに向けられている拳銃を見たからか、華は驚くあまり、短い悲鳴をあげた。 「総理! なんて事を!」 「私が終わらせるんだよ……そして」  ガチャリ。暗い部屋から装填する音が聞こえる。 「私が、始めなければならない」  破裂音が、部屋に、廊下に響く。その大きな銃声が木霊した。グワングワンと不快な音が次第に小さくなった頃、ようやく、藤田の唸り声が聞こえてきた。ぶんぶんと振り回す頭が、運良く弾にあたらなかったらしい。簡素なベットの枕部分に穴だけ残していた。 「はは……藤田、避けるのがうまいな」  藤田は以前、濁った声で唸っている。 「でも、ごめんな。弾に限りがあるんだよ」  当たってくれないか、総理は呟いた。薄暗い部屋の中で、総理どんな顔をしているかすら分からない。泣いているのか、怒っているのか。けれど、確かに銃を構えている姿は容易に想像できた。 「やめなされ、総理。そんな事をしても解決にはならない」  華の心臓が脈打つ。縛り付けられている藤田を初めて見た。唸り声も、痙攣も……視界の端で黒ずむ自分の足は、もうあのベットの上にいてもおかしくないのだ。 「ま、まって……! 殺さないで……!」 華は、閉まる喉から声を絞り出した。か弱い声だったが、確かに、総理の耳には届いていた。肩で息をする呼吸までも、廊下に響いているようだった。 「フジタさんだって、生きてるの……殺さないで、お願い……」  ヒュー、ヒューと狭くなった気道に空気が通る。   「……それは、次は君が殺されるかもしれない、という疑いからか」  総理の声が、暗がりの部屋から聞こえた。誰の声にも反応しなかった総理が、初めて返事をしたのだ。もしかしたら、止められるかもしれないという期待の目が華に降り注がれた。 「……もう少ししたら、私もそのベッドの上です……」  息苦しさから、華は両手を床についた。 「でも……私はいまこうして、生きてます……」  バタバタと、汗か涙かも分からないものが床に垂れる。 「フジタさんだって、生きたいはずです……生きてるんです……」 「……そうか」  総理が、理解したのか分からない。ただ、藤田の唸り声だけ響いた。 「すまない」  またひとつ銃声が廊下に響いた。
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