運命の決断

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 ああ、ダメだった。そんな絶望感が3人を襲った。また廊下にハウリングする銃声はいつまでも続くようで、耳を塞ぎたくなった。  じわりとその音が止む。 藤田の唸り声もしなかった。ただの無音だけが満たしていた。華はただただ、暗がりを空虚な目で見つめていた。 「ああ、総理、なんて事を……!」 「……明日、発砲許可を出す」  革靴を鳴らしながら、部屋から出てきた総理は汗一つ書いてなかった。ただ、氷のような瞳をしていた。光が入ってないない瞳は、一寸先さえ見えていないように感じた。  床に這い、肩で呼吸をする華を見下ろした。 「あ……」 「……すまない」  コツ、と一歩踏み出した。その一歩は、重く、鈍く響き、華にとって、死の一歩でもあった。 「……そう、り」  突如響いたその低い声は、柿原とも、もちろん華や笹川とも違った。暗がりの部屋の中から聞こえる濁った低い声は、総理には聞き覚えがあった。いつも右側から聞こえてきていた、あの声だった。 「あぶないじゃ……ないですか……そんなもの、持って……」  総理は、自分だけ聞こえている幻聴かとも思った。だが、柿原、笹川、華、3人とも、部屋を見ていた。ありえないような顔をしながら、目を見開いていた。 「藤田……?」 「そうり……どうしたんですか……」 総理が振り返った。その瞬間に、もう、柿原と笹川が部屋に走った。勢いよくパイプベットに近づくと、部屋の電気を灯した。 「藤田さん、聞こえますか?」 「は……い」 「ああ、弾は肩に当たったんだな」 「藤田さん、どこか痛いところはありますか?」 「……喉……くらいでしょうか……」  笹川は質問をしながら、バタバタと電話をした。息を切らした研究員が、次々と部屋に駆け込む。先ほどまで、死の匂いが漂っていた薄暗い部屋は、一気に明かりが灯され、人数は倍になった。 「あのワクチン、いますぐ持ってきて! あと酸素、早く!」 騒然とする現場を、総理はただただ見つめる。首筋に、ひとつ汗が垂れた。 力が抜けたように、膝から崩れ落ちる。床がぐるぐると回った。部屋の喧騒が遠くに聞こえる。 ああ 「ああ」 総理は、視界の端に、華が泣いているのが見えた。良かった、なんて言える立場だろうか。いや、それでも、廊下の冷たさも感じる、鼓動も強く打っていた。 「よかった……」 白い廊下に、涙が一粒垂れた。
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