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邪魔
気づけば走り出していた。ありったけの負の感情に引っ張られるように。邪魔な通行人をはねのけ凄む。ショーウィンドウに映る私は、まるでバケモノのよう。血走った目は凝固し、今にも破裂してしまいそうだ。手に握られたナイフは私の狂気。真実を暴き、全てを葬り去ってやる。
彼の部屋の前に立ち、勢いよくドアノブを回す。ドアは施錠されていて開かない。バッグから合鍵を取り出し、鍵穴に突き刺す。ガサ入れ。愛を司る法律を盾に、彼を消滅させる。私を裏切った罰だ。
倒れ込むようにして彼の部屋に入る。視界の中には誰もいない。いつもと変わらないワンルーム。クローゼットの上、本棚の中、テレビ台の上。彼と私が並んで笑う写真が飾られてある。そんなはずはない。彼はここで他の女と別の愛を育んでいるはず。呆然と立ち尽くす私の背後で声がした。
私が彼の行動を怪しく思い始めたのは二ヶ月くらい前からだ。
「何見てるの?」
「何でもいいじゃん」
「誰かから連絡?」
「別に。違うよ」
友人も知人も少ない彼は、スマホなんて気にするタイプじゃなかった。仕事の連絡は社用携帯に入るから、二人でいるときにスマホを触ることなんて滅多になかった。明らかな変化を疑わない理由がない。そして何より、マメな性格だった彼からの連絡が途絶えがちになった。
「今日さぁ、会社で酷いことがあったんだよねぇ」
「そうなんだ」
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ」
明らかに上の空の彼。その態度に腹を立てた私は、彼の手からスマホを取り上げようとした。すると彼は鬼のような形相で睨みつけ、それを制した。ほらみろ。こいつは絶対に浮気してる。女の勘を甘く見るな。
「何すんだよ!」
「なんでそんなに怒るの!? やましいことしてるからでしょ?」
「バカなこと言うな。今日は帰ってくれよ」
「言われなくてもそうします」
ためらうことなく、そのまま彼のマンションを後にした。もしかしたら、その後すぐに浮気相手を呼びつけて、甘い時間を過ごしたのかもしれない。想像すると、腹の底から殺意が込み上げてきた。
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