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十二 月光 -1
(おい)
その時、俺の中でもう一人の俺が口を開いた。
ああ、短い付き合いだったが、これでお前ともお別れだな。この野郎は命に代えても仕留めてやるから、最後まで見届けてくれや。
(ふざけんなクソが、何が最後だ。本気も出さねえ内に終わりになんかして堪るか)
なに?
(俺を使え。今度こそ俺と本当に一つになるんだ)
お前と一つにだと? それであいつに勝てるってのか?
(知るかよ。だが、やらなきゃ確実に負ける)
自分に嘘は吐けねえか。ああ、その通りだ。で、どうすればいい。
(簡単なことだ。頭の上を見ろ!)
上だと?
俺はもう一人の俺に言われるまま、空を見上げた。
そこにあったのは、天空に燦然と浮かぶ満月。
その輝きを目にした瞬間、俺の頭の中は銀白の光で満たされ、それ以外の全てが消え去った。
何も見えず、何も聞こえねえ……。
だが俺の心に驚きはなかった。いつかきっとこの時が来る、それをずっと前から知っていたという事を、思い出しただけだ。
ただ一つだけ、不可解な疑問が残った。
今夜は満月、月はずっとあの空にあったはずだ。なのに何故、今の今まで俺はあれに気付かなかった……。
(それは、お前が無意識のうちに眼を逸らしていたからだよ。無論、昨日までのお前なら満月を目にしたところでどうってことも無かったはずだ。
つまりはこれが、最後の封印ってことだよ)
そうか……、そうだったのか。
(だがこれで、俺を縛っていたものは全て解かれた。さあ、今こそ真の自分に戻る時)
光の向こうから、もう一人の俺がゆっくりと近づいてくる。
俺はただ立ち尽くし、その時を待った。
俺の前に俺が立つ。俺はそのまま歩を進め、俺と重なり……。
そして一つになった。
「ウオーオーオーウルルルウォーオーー!!」
胸の奥底から咆哮が迸る。
体中の骨と肉がミシミシと音を立てて膨れ上がり、全身から灰銀色の剛毛が湧き出してくる。
耳の先が尖り、手足の爪が鋭く伸びる。瞳孔が大きく開く。鼻先が突き出して行くのを感じる。
俺は、俺の全てを我が物とした。肉も、力も、封じられた記憶も!
俺は自分が何者かを知った!
血が沸き立つ!
全てが蘇る!
そうだ。俺は……、俺は……!
「うおおおおっ!」
雄叫びと共に地を蹴る。
俺は神速にも劣らぬ疾風の踏み込みで大猿に迫り、長く伸びた獣爪で奴の胸を掻き斬った。
怯む暇すら与えず、火鏢を左肩に突き立てると同時に刃の如き牙で腕にかぶりつき、駆け抜けざまに喰い千切る。
間髪入れず背中に廻り込み、後ろから首を狙う!
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