化け物

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時は慶長(1596年~1615年)。季節は春。桜が満開の頃。 童どもがうわさしあうのを刑部多平業周(おさかべたへいなりちか)はよく目にするようになった。化け物が、村の外れの廃れた社に出るのだという。化け物。何ということだろう。よりにもよって、それを童どもが面白がって、あの朽ち果てた鳥居を潜っては廃墟の社に出たり入ったりを繰り返しているのだ。 ある日。目にあまるから、多平は悪童のひとりの首根っこを捕まえて問いただしてみた。もちろん多平は、他の大人たちのように手荒に叩いたり頭ごなしに怒鳴ったりなどはせぬ。何しろ多平は、後醍醐帝の建武の親政に異を唱えて野に下った殿上人の子孫である。今を遡ること数百年の昔。この村に落ちて土着した先祖〈四位殿〉の威光は時を経ても色褪せることなく、その血筋である多平は貴人として遇され、村人たちから半ば神のように崇められている。だから多平自身もまた、それに恥じぬように、そして村人の手本となるべく努めて生きている。 ともあれ多平。今、捕まえたばかりの悪童に、訊いている。 「化け物がいずると云うが、そは(まこと)か」 「真じゃ。あの神社には、化け物がおるのじゃ」 いてて、と顔をしかめながら、悪童は唸った。 「四位(しい)さま。お離し下さい。首が千切れそうじゃ」 「いや、離さぬ。村の大人たちが申しておるであろう。あの荒れた神社には近寄ってはならぬと。獣に喰われてしまったら如何致すつもりか」 「獣はおらぬ。化け物がおるから、獣はおらぬ」 「獣よりも、化け物のほうが質が悪いではないか。そもそも如何なる化け物なのか。ほれ、包み隠さず申してみよ」
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