第一話 死者が訪れる庭

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第一話 死者が訪れる庭

 ねえ、お願い、僕の想いを届けて・・・  パチンと音を立てるくらいの勢いで目が開いた。  壁の向こう側からは、朝の情報番組の笑い声が耳に痛いほど聞こえてくる。  ペンギン・・・  だったよな…  まん丸い“ペンギン”が話しかけてきて目が覚めた。  話しかけてきたというよりは寝ていた俺は何かに起こされた、目を開けるとペンギンが覗き込んでいてびっくりして本当に目が覚めたと言ったところだ。  何だったんだろうという思いだけで、布団から起きて、昨日弟が壊した、パイプベッドの残骸を見た。壊れてしまったものはしょうがないとどこかで思っても、黒いパイプを白いビニルテープで縛りつけたのが目に入ると、もやっとしている俺がいる。それでも壊した奴に腹を立てるほどの気力はなく、どちらかというと、聞こえてくるテレビのボリュームにいらっとした。  ぼーっとしたまま立ち上がると物であふれかえった押し入れに丸めた布団をぎゅうぎゅうに押し込み、扉を閉め廊下に出た。 「サムっ!トイレ、トイレ」  季節は真冬やっぱり大寒すぎると寒いぜ。  起きた時はそれなりにあったかいのに何で廊下とトイレは寒いんだよと思いながら急いで出た。 「おはよ、うっせーよ朝っぱらから、もう少しボリューム下げろよ」  大音量で聞いているテレビ、キッチンテーブルからだいぶ距離があるんだからもう一台ほしいと言っているが目覚まし代わりでいいだろうというオヤジ。 「お前こそ朝っぱらからうっせーわ、母ちゃんご飯」  黒縁の眼鏡をかけ、いかにもサラリーマンという格好で飯を食っている。 この人はうちの家長、父ちゃん弘、どこにでもいる名前だが、ちと古い。 「はい、早く食べちゃいなさい、けーい、早く起きなさい」  起きてるの声がする。 「あんたも早く顔洗いなさい」  この人は、ちょっと、いやいやたぶん普通の人よりだいぶ変わった人、母ちゃん和子、この名前も昭和だよな。  顔を洗って歯を磨き、パンをかじっては、ベッドのことを話した。  兄ちゃんのお古、いやいや元をただせば父ちゃんの若かりし頃に使っていたもののおさがりで、よく持ったという、俺のはとうに小さくなった子供用のベッドを弟が使っているのだが。なんで人のベッドで飛び跳ねて遊ぶんだかさー、わかんねえんだけど。と文句を言いつつも、寝れるだけありがたいと思えの父ちゃんの声に、ぶーっと言ってやった。  はよ、といつもの調子の弟にムッとした。 「圭、お前のベッドよこせよな、お前が壊したんだからな」 「別にいいよ、俺ので寝れるんならな、あんな古いの使ってるからだよ、よかったな、彼女と一緒の時壊れなくてー」 「このー」  こいつ弟の圭、こいつは多分普通だ。 「早くいきなさい!」  ハーイとカバンを持った。    三人兄弟の俺は真ん中、一番上の兄ちゃん、こいつは、というか、こいつもだいぶ変わりもんだ。  玄関に行くと、兄ちゃんのカバン。  ああいつものかと思いながらスニーカーを履き、玄関の引き戸を開けた。  カラカラと軽いサッシの音が鳴ると外から生暖かい風がふっと頬を撫でた。  真冬の外の寒さとは違う風。 「兄ちゃん時、カ・・・ン」  首にかけたマフラーも巻きもせず。一歩外へ出た。 「それで?」  兄ちゃんの声が右の縁側の方から聞こえた。  アーまた客か、そう思ってかばんを持ちかえて、庭に足を踏み入れた。 え?  目の前には、コートを着て、首に紺色のマフラーを巻き付け、縁側に腰を掛け、目の前に立っている人に話しかける兄の姿、でもその立っている人の横顔は・・・俺の担任?  なんで先生がここにいるんだ?  首に巻き付けた真っ赤なマフラーが目に入ったから、先生だと思ったんだ、でも・・・ 「そうですか、わかりました、どこまでお話しできるかわかりませんが、その想いお届けいたします」  先生は頭を下げると消えた。 「兄ちゃん」 「ん?」  俺のほうを見た兄ちゃんは、やっと上ってきた朝日が当たって、まるで外国の絵画の中にいる天使のように見えた。  今の人、知っているのか?  白い息が丸くなった。 「うん・・・担任」 「そうか、先生か」  下を向く兄ちゃんの悲しそうな顔。  ああ、先生は死んだのか・・・ 「あのさ」 と言いかけて、また、ぬるい風が目の前を通り過ぎる。 「悪い、もうひとり来たみたいだ」  え?  じりっと足元の砂をかむ音がして兄ちゃんは縁側へと行座った。 「いらっしゃい」  そういった兄は優しく笑ってる。  俺はそこから崩れ堕ちそうになった。どさどさと、手にしていたものが落ちた。  なにがおきたんだ?  なんでお前がここにいるんだ?  足に鉛が付いたように重くて一歩が出ない。  どうして?  なんでだよ!  何でここにいんだよ! そこには、今からあう人が、学校に行けばおはようと言って絡んでくるやつが・・・・ 「・・・正彦!」  叫んだけど聞こえるはずはない。  兄貴が手招きをしているけど、足が動かない。  今すぐ飛びつきたいのに、足がすくんで、なんでだよ!何してんだよ!  なんで俺には何位も聞こえねえんだよ!  俺のほほからは涙が流れ出て、ぼとぼとと音を立て地面に落ちた。    兄ちゃんの後ろから顔を出した母さんが、驚いているのがわかる。  隣に腰を掛けた母さん。  すると今度は、上級生の女子が現れ母さんに何か話しかけている。  何があったんだ?! 「わかった、銀二、ここにおいで」  兄ちゃんに呼ばれて、やっと体を倒して一歩が出ると、タタタとその横へ行った。 兄ちゃんの肩に手を載せた。 「銀ちゃん、ありがとう」 ・・・声。 「あ、ありがとうなんていうな、俺は、俺は、くそっ!」 唇をかんだ。 「大丈夫、君の最後の想い、ちゃんと伝えるから」 「お願いします、それじゃあな、銀ちゃん」 「ま。正彦」 涙でにじむ、正彦を俺は抱きしめた。 抱きしめたいのに、兄ちゃんから手を離したら正彦の声が聞こえなくなると思ったら離せなくて。 「思い出をありがとう」 やっと片方の腕で抱きしめた。俺は正彦を抱きしめているのに、何もないはずなのに、正彦はここにいるのに。俺を見て正彦は笑っているのに… 「お、俺こそ、ありがとう」 「父さんと母さんにありがとうって伝えて」 「うん、うん!」 ふっと腕の中で消えた。 …正彦?正彦! 「わかったは、ちゃんとお話しするわね」 頭を下げる上級性も消えた。 「さて、母さんもいくわ、学校には連絡する、先に中学ね」 「母ちゃん!何があったの?」 圭の声。 「わからない、ただ同じ中学の子だから、事故があったのは確かね、急ぎましょう」  背中を叩かれた。 「に、にいちゃん、お、俺」 「泣いてもいいぞ」と兄ちゃんは手を広げた。 俺はそこに正彦を見た。 うわー。 兄ちゃんに抱き着いて泣いた。 泣く事しかできなかった。 親友が、幼馴染だった正彦が、死んだ… 空にはヘリコプターが飛び始めた。 その日は忘れないだろう、一月が終わろうとしていた月曜日、少し暖かな朝だった。
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