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玉井さんが退勤してから二時間、何とか光枝さんの質問攻めを乗り切り、仕事を終え店を出た。
僕が出た頃には、玉井さんの後姿がなじんだ空はもうなくなっていて、薄暗い灰色の空が広がっていた。それはまるで、僕にはこっちの方がお似合いだと誰かが言っているかのようだった。
「笑顔が素敵だねえ」
玉井さんの言葉が何度も頭の中で響く。そのたびに、古い記憶が底から這い上がってきた。
「昔から笑顔だけは可愛いんだから」
母の声と共に、陽炎のようにぼやけた母の姿が蘇る。
反抗期真っ只中だった僕と母が、喧嘩をしては仲直りをするたびに母が口にしていた言葉だった。
胸が熱くなり、眉間が痛くなる。目の前がぼやけ、先にある信号が二つに見えた。高校生が往来する中をみっともない表情をして黙々と歩いた。冷たい空気が徐々に涙を乾かしてくれた。
寂れた冬の木々が僕を見下ろしている。葉をつけていないと何の木かがわからない。
灰色の空の下にある枯れた木々が、この世で一番寂しいのではないだろうか。そしてその木に見下ろされる醜い山猫は、あの晴れた空を悠然と歩く素敵なライオンのようにはなれない。大きな憧れと少しの嫉妬を抱きながら、むなしく年老いていくのだ。
占いは当たるのかもしれない。けれど、その先のことは一切無責任だ。素敵な人に出会えることが必ずしも素敵なこととは限らない。
彼女のことを考えれば考えるほど、自分が嫌に思えてくる。それなのに、なぜか彼女が浮かび上がってきてしまう。それは太陽のように恒久的で圧倒的な存在を意味していた。
僕はその眩しさに目を細めながら歩いた。
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