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バイト先のコンビニに着いた頃には、上着の中の身体は火照っていて、乾燥した体がかゆくなり、鬱陶しかった。
「おはよう」
コンビニに入ると、僕に気づいたパートの村本さんが大きな声で挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
振り絞った声と、つぎはぎの笑顔は店内のラジオにむなしく埋もれた。
バックルームに入ると、大学生の梓ちゃんが納品物を整理していた。綺麗にまとまった長い髪を揺らしながら働くその姿は、二つ下の女の子とは思えないほど大人びている。
「おはよう」
「おはようございます」
梓ちゃんも元気に挨拶をしてくれた。毎度、これらの挨拶に自分が生きているという事を感じさせてもらっている。
けれど、これは薄い紙のように、いつでも簡単に破けてしまうようなものであると思うと、心のどこか片隅のぽっかりと空いた穴に風がいやらしく通り抜けていった。
「課題が終わってなくてやばいんです。」
梓ちゃんが突然そう言った。
「大学の?」
僕が聞くと、彼女は力強く頷いた。
「西洋哲学史の基本的な問題について考えてまとめてきなさい、って課題なんですけど、分からな過ぎて困ってるんです」
彼女は仕事の手を止めることなく早口でそう言った。
「それは難しそうだね」
少し無責任な言葉になったかと、言ってすぐ後悔した。
「あ、晴さん、哲学詳しそう」
彼女は輝く期待の眼を僕に向けた。
「残念ながら、哲学はあんまりなんだ」
僕の言葉に、彼女は下唇を突き出し、可愛らしい唸り声を出した。
大きなベルが突然鳴り響き、梓ちゃんはレジへと走って向かった。お客さんが並び始めたのだろう。出勤の時間までまだ少しあるが、僕はあと少し残った納品物を整理してあげた。
「西洋哲学」という響きは僕の心をくすぶった。両親の死の前まで東京の大学で文学を学んでいた自分のかけらが反応する。
梓ちゃんの課題に苦しむ姿が、どこか羨ましかった。地元の田舎町に戻った自分は、もうあの頃の自分とは違うんだと何度も言い聞かせた。
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