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「コーヒーもう一杯頼む?」 冷めてしまったことを気にして、玉井さんはそう言った。 「大丈夫だよ。」 僕の声は再び弾力を取り戻していた。こすった眼のふちがひりひりと痛んでいる。 「私、橘君を連れていきたいところがあるんだ。」 玉井さんがパンケーキを食べ終えてすぐそう言った。「あ、今日じゃないよ」と彼女は慌てて付け足した。 「どこ?」 「それは内緒」 「ええ、どこだろう」 「ここからすごく遠いんだけど、一緒にバイトの休み取らない?」 一緒に、という言葉に少しドキッとした。 「いいけど…」 「じゃあ、きまり。再来週のシフト希望の提出、明日までだし、調節しよ」 そういうと、玉井さんはかわいらしい手帳を取り出した。 「店長には申し訳ないけど、このへんかな」 玉井さんは手帳のカレンダーを僕に見せながら指をさした。 「え、二日間も?」 「うん。一泊二日で行きたいの」 「泊りで行くようなところなの?」 「そう。いやだ?」 「いやじゃないけど…」 「けど?」 玉井さんがそっと僕の顔を覗き込む。 「女性と二人って緊張するなと思って」 僕が口ごもりながらそう言うと、玉井さんは声を出して笑った。 「まったく、橘君はシャイだねえ。大丈夫、ホテルの部屋は別にしよう」 彼女の二重の目じりが少し艶めかしく見えた。 「あ、橘君、ちょっとエッチなこと考えたでしょ」 「そ、そんなこと考えてないよ!」  声が裏返ってしまった。頬が熱くなるのを感じる。玉井さんは僕を見ながらニヤニヤしている。彼女を直視するのがどこか恥ずかしくなった。 「とにかく、この日で決まりね。ホテルとかの準備は私に任せて」 「そんな悪いよ」 「いいのいいの。私が無理やり誘ってるんだし。気にしないで」  玉井さんは可愛らしい笑顔を浮かべそう言った。僕は彼女の言葉に甘えることにした。 「じゃあ、そろそろ行こうか」 玉井さんは手を軽くたたき、息を吐いた。僕はコーヒーを飲み干し、ティッシュで口を吹いた。ティッシュに着いたパンケーキのベリーソースの鮮やかな紫色はこの先一生忘れることができない気がした。
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