自分

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自分

   東京の街中に煌々と輝くツリーやオブジェが次々と増えていく季節。都会での大学生活にも慣れて、友人も増え始めた頃、両親は僕に何も言わず、この世から消えた。  ある寒い日の夜だった。僕は新しくできた友人のアパートへと向かっていた。自転車を走らせていると、ポケットの中の携帯が鳴った。  友人からの電話だろうと思い手に取ると、画面には知らない番号が表示されていた。僕は恐る恐る電話に出た。目の前のデパートには派手なイルミネーションが飾られていた。 『晴君、落ち着いて聞いてね』 電話から聞こえてきたのは、どこか聞き覚えのある中年女性の声だった。その声音と共にドラマや映画で良く聞くセリフが耳に響いた。荒ぶる息から、汗のにおいまでしてくるように感じた。  次の言葉が聞こえてきた時、僕は思わず笑ってしまった。その時にはもう電話の主が誰かも分かっていて、彼女の声が涙に濡れていることも、その言葉がすべて真実でるあることにもほとんど気づいていた。  それでも、僕は可笑しくなって笑った。これは悪い夢であるという微かな希望を願ったら、自然と笑顔になった。  僕はその場で自転車を乗り捨て、息を切らしながら、駅まで走った。最寄りの駅から数十分かけて東京駅まで行き、そこから二時間かけて地元に戻った。  心では微かな希望を必死に願いながら、体は悪い夢の方を信じ、勝手に動いた。  電車に揺られながら、どこにもぶつけることのできない感情が怒りとなってこみあげてきた。  ただ揺られることしかできない自分に失望した。人間はこういうときも、空を飛べないことを知った。この日ほど、電車が遅いと思ったことはなかった。  届くはずのない場所に、わかっていながらも無理矢理たどり着こうとする自分は、真夏の晴れた日に地面を這うミミズのように醜かっただろう。地元の駅に着いた頃にはもうすっかり干からびていた。 「晴君!」 電話をくれた叔母の真理子さんが僕を見つけてすぐ抱きしめた。僕は無言で彼女の胸にうずくまった。白檀の曇った香りが鼻を刺激した。  違う。僕が探しているのはこの匂いではない。すぐさまそう思った。そして真理子さんを突き放した。 「お母さんたちは?」 気づいたらそう聞いていた。真理子さんと夫の康介さんが目をそらしたので、気が済むまで何度も何度も聞いた。彼らは狼狽し、僕を物凄い形相で見ていた。そのあとの記憶は風のように目に見えず消えていった。  数分後、ようやく、干からびてもがくミミズが燃え尽きた。冷たい空気が静かな駅の駐車場を包み、僕を冷やした。独りぼっちな真夏のミミズは静かに動かなくなった。  田舎の駅も煌びやかな装飾がされていた。今の自分にとってそれはあまりにも眩しすぎた。どこからか、寂しいベルの音が聞こえてくる気がした。  冷え切った空気と、熱がこもる僕の体、それを濡らした瞳で見つめる親戚の存在をしっかりと認識した時、ちゃんと両親の死を知った。ああ、死んだのか、と心の中でそっと呟いた。
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