自分

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   白の長袖Tシャツの上にいつものジャンパーを羽織り、晴れた空の下をゆっくりと歩いた。  今日は昨日に比べて断然温かく、風も少なかった。雪が解けて湿った道路に、太陽の光が煌びやかに反射している。空気に漂う雪解けの香りから、ほんのりとした季節の変化を感じた。  人間も季節の変化と同じように彩とりどりに変化出来たらなとふと思う。冬の枯れた木でも、春には綺麗な花を咲かすように、僕も春になったら見違えるほど変われたらなと小さく思った。  店内に入ると、村本さんが大きな声で挨拶をしてくれた。僕もそれに応える。僕の声と笑顔はラジオに埋もれずに村本さんに届いた気がした。  バックルームに入ると、梓ちゃんが床のモップ掛けをしていた。紅潮した頬が桃のように光っていた。 「おはよう」 僕はそっと挨拶をする。それに気づいた彼女は華やかに微笑んだ。 「おはようございます」 元気な声がバックルームに響き渡った。 「髪切った?」 「はい。結構ばっさりいきました」 梓ちゃんが一度手を止め、髪をいじる。二十センチは切っただろうか。全体的に少しだけ幼くなった気がした。無邪気な梓ちゃんには今の方が似合っているなと思った。 「あ、失恋とかではないですからね」 瞼を激しくパチパチとさせながら梓ちゃんが言った。彼女はすぐにモップを手に取り外に出ていった。彼女は失恋したのかもしれない、僕は何故か咄嗟にそう思った。    九時になり、梓ちゃんはいつも通り元気に店を出ていった。香水の甘い香りがレジカウンターに残っている。 「晴君、最近何か良いことあった?」 突然、村本さんがそう聞いてきた。彼女は少しいたずらな笑みを浮かべている。 「いや、特にないですけど」 僕は一人の女性の顔を思い浮かべながら、そう言った。  確かに最近、良いことがあったと思う。玉井さんと出会い、仲良くなったことは僕にとって間違いなく良いことだった。けれど、正直にそれを言うのは少し恥ずかしかった。 「顔つきが変わったよ」 村本さんが小さな声で言った。 「どんなふうに変わりました?」 「うーん、なんとも言えないんだけど…」 村本さんは瞳を曇らせ、首を傾げた。僕はその姿をじっと見つめた。 「冬から春に変わったという感じかな」 彼女の言葉がすうっと僕の身体に入り込み、魂の中で花を咲かせた。晴れた空の下、僕が静かに願ったことが、少しだけ叶ったのかもしれない。 彼女は自分の言葉に納得がいっていないのか、渋い顔をしている。 「ありがとうございます」  咄嗟に出した自分の声は、春の風のような重みがあった。心臓が少しだけ拍動を増していた。  村本さんは驚いた表情で僕を見ている。彼女の何気ない言葉が僕の心を優しく包んだことに彼女は気づいていないのだろう。 「よくわからんけど、感謝されちゃった」 彼女はそう言うと、レジの外に出て商品の整理に向かった。彼女の後姿はいつもと変わらず大きかった。  いつか、今までの恩恵を全て返せたらな、僕はふとそう思った。きっとそれは遠い先の話で、不可能に近いのだろうけれど、少しずつ、返していきたい。  そう深く考え始めたとき、お客さんがレジに来た。いつか見た、腰の曲がったおばあちゃんだった。おばあちゃんは顔にいくつもの皺をつくり微笑んでいる。僕はひっそりと笑顔をお返しした。
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