自分

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「最近、あずの元気がないのよ」  バックルームで帰る準備をしていると、村本さんが神妙な顔つきで僕の方に近づいてそう言った。 「たしかに、ちょっと様子が変でした」 「でしょ。元気なふりをしてるけど、無理してるのがバレバレで見てられないのよね」 村本さんの表情や声には、梓ちゃんを心配する気持ちがすべて滲み出ていた。 「あいつ、ろくでもない奴に恋したみたいなんすよ」 レジで仕事をしていた光枝さんが突然やってきて言った。僕たちの会話が聞こえていたのだろう。光枝さんと梓ちゃんは同じ大学の同じサークルに所属していて、とても仲が良かった。 「みっつー、それどういう事よ」 村本さんが眉間に皺を寄せて光枝さんに近づいた。 「まあ簡単に言うと、女遊びの酷い奴に恋しちゃったみたいで、あんま詳しくは知らないんすけど…あ、すみません、客きました」 光枝さんはレジに飛び出ていった。村本さんは額に右手をかざし、バックルームをうろうろし始めた。僕はそれを横目に帰る準備を続ける。村本さんの重いため息が何度も聞こえた。  村本さんはどうしてここまで他人に親身になれるのだろう。素晴らしいことだけど、自分とは関係ないことで、自分をここまで傷つけることを選ぶことができるのだろう。僕がそう思っていると、再び光枝さんがバックルームに戻ってきた。 「でももう関係は切ってるみたいです。ただそのことで傷心してるだけだと思います」  光枝さんがそう言うと、村本さんは安堵の表情を見せた。体全身の空気が彼女から抜けていくのが見えるような気がした。村本さんは何か思いつめた表情を見せながら、帰る準備を始めた。
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