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梓ちゃんはその後も熱心に中学の頃の僕について話し続けた。彼女のその熱に心がむずがゆくなった。懐かしい記憶だった。当時の風や芝生の匂いがほのかに蘇る。そして、申し訳なさのような、形の不明瞭な感覚が僕を覆った。
「バイト先に初めて行って晴さんの姿を見たとき、驚きました」
梓ちゃんが冷たい空気に声をなびかせた。
「全然違う人だ、って?」
僕は自分を嘲笑するかのように言った。すると彼女は小さく笑った。
「正直そうです。ずっと食べたかった伝説のリンゴを見つけたときには、もうそれが腐っていた、そんなような感覚でした」
彼女の独特なたとえに、ふと東京での一人暮らしを思い出した。親からの仕送りのリンゴを腐らせた時のこと。変色し、ぶよぶよになったリンゴからは茶色の液体が滲み出ていて、触るのさえ億劫なほど気持ち悪かった。
彼女が久しぶりに再会した僕は、まさにそのリンゴのようにみすぼらしかったのだろう。
「最後の夏の大会の決勝戦、北中が勝って優勝したら、晴さんに告白しようって決めてたんです」
彼女は突然そう言った。彼女は再び、過去の僕に視線を向けたようだった。
「それ負けちゃったやつだ」
「そうですそうです! 観客席から晴さんの涙を見て、私も泣きました。私なんかが邪魔しちゃいけないって思ったんです。でもあの日の晴さんが今までで一番輝いてました」
「負けて泣いてたのに?」
「はい! 直視できないほど眩しかったです」
彼女の過去を見る目が、闇の中で輝いていた。僕はそっと彼女の手の甲に目を移す。少し前に塗られた涙は乾き、跡形もなくなっていた。
「あ、でもこれは本当に失恋じゃないです。好きから憧れに変わったような感じです」
彼女の言葉が僕の胸をえぐる。その憧れの対象となった人が、四年経ち、腐ったリンゴのようになっていた時の彼女の気持ちは悲惨なものであっただろう。
彼女が憧れた人物は、きっと僕じゃない。そう思った。過去の僕は、僕じゃない。あれは幻だった。そうやって永遠に自分を否定できる気がした。
「はあ、なんか情けないや」
僕の言葉は文字通り、情けなく暗い空気に溶けていった。梓ちゃんは何も言わず、楽しそうに笑っていた。
一度過去に戻った彼女は、隣に座る情けない僕を、あの日芝生で凛々しく立っていた別人と錯覚しているようだった。
彼女のその姿は、今の僕に少しだけ似ている気がした。何か眩しいものを見つめる未熟な子供のようだった。
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