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五駅離れた大きな駅に着いた後、僕は晶乃さんに言われるがまま、金沢行きの新幹線の切符を買った。
そのあとすぐに小さな売店でお茶とおにぎりを急いで買い、乗り場へと二人で走った。
東京での学生時代、毎日のように駅を走った記憶がほんのり蘇る。花弁のように散ったこの思い出を、いつか晶乃さんにも話したいとふと思った。
「そろそろどこに行くか分かった?」
乗り場に着いてすぐ、息を切らしながら晶乃さんが僕にそう聞いた。
「うーん、北陸なのは絶対だよね」
そう答えると、晶乃さんは頷きながら微笑んだ。
「まあ、あと三時間で答えがわかるよ」
彼女はそう言って笑った。
彼女との時間が一秒進んでいくにつれ、正直どこに行くかへの関心は薄れていった。この時間さえ続いてくれれば、場所はどこでもいいと思い始めていた。けれど彼女の笑顔を見るたびに、そう思う事への申し訳なさが強まり、必死に予想することを続けていた。
「ちなみに、金沢ではないよ」
彼女が僕の心を見透かしたような表情を見せながらそう言った。僕の安直な予想の第一候補は一瞬で打ち砕かれた。
アナウンスが聞こえてすぐ、新幹線が風を切ってホームに入ってきた。僕たちはゆっくりとそれに乗り込んだ。
いつぶりの新幹線だろうか。前回乗った時は両親が隣にいた記憶がある。当時もともと少なかった家族旅行が年々なくなっていくことは少しも嫌ではなかったのに、完全になくなった後から、溢れるように行きたい場所が思い浮かび、苦しくなった。
父は寒いのが苦手で、北海道や北陸には行きたがらなかった。今日もし隣にいたら、機嫌を悪くして、母と喧嘩になっていたかもしれない。
旅行に行くと二人は必ず一回は喧嘩していた。それが本当に嫌だった。けれど今となっては、そんな嫌な喧嘩でさえ恋しい。人間は失ってからそのものの大切さに気付く不便な生き物だとつくづく思う。
隣の席で晶乃さんは目を輝かせながら携帯の画面を見つめている。その姿を見ていると、悲しい感情も薄れていった。
見る気はなかったが自分の目は画面に映し出された「福井」という文字をとらえてしまった。必死に目を逸らしたが、それに気づいた彼女が急いで携帯を隠した。
「見えちゃった?」
「ごめん、見る気はなかったんだけど…」
「はあ、ばれちゃったかあ」
「本当にごめん、ごめん」
「そんなに謝らないでよ。これでようやく開放的になれたよ」
彼女は明るく笑ってそう言った。
「連れていきたい場所って、福井だったんだ」
「うん。行ったことあった?」
「ううん。北陸の方は一度も行ったことないんだ」
「ほほう。それはラッキー。今日は思う存分たのしませるぞう」
彼女が八重歯を思い切り見せて微笑んだ。その嬉しそうな表情に、僕まで嬉しくなる。行ったことがなくて良かったと、心から思った。
「あ、あんまり調べちゃだめね」
「はい。わかりました」
僕はそう言うと、自然と笑みがこぼれた。彼女は僕の笑顔に笑顔で答えてくれている。彼女との距離が益々縮まっていくのを感じた。物理的な距離だけでなく、心の距離までが縮み、ぽかぽかと温かくなっていった。
「それじゃあもうちょっとの間、電車に揺られましょう」
彼女はそう呟いた。車窓から射しこむ淡い日差しに目を細める彼女はとても美しかった。
彼女は今日の占いを見ただろうか。獅子座の順位は六位。「大きな悩みが解決されるかも」「ラッキーカラーは紺色」とあった。順位は微妙だが、どこかポジティブな内容だった。
僕は濃いデニムのジーパンを履いてきたが、彼女には紺色の物は見られない。それは少し残念だった。自分だけが必死なようなありさまに胸が痛んだ。
初めて会った日、彼女が緑のスニーカーを履いていたことを思い出す。あの日見た「がおー」という彼女の姿と、素敵と言ってくれたことは一生忘れない思い出となった。
僕たちを近づけてくれた占いには感謝していた。彼女の記憶にはあの日のことがどれくらい濃く残っているだろうか。考えれば考えるほどマイナスな感情になるので、すぐに考えるのをやめた。
そんな事を独りで考えているうちに、晶乃さんは目を閉じて眠っていた。寝顔まで綺麗だった。耳を澄ますと、彼女の寝息がかわいらしく聞こえてくる。その寝息は、あの日僕に生きようと思わせてくれた力強い人のものとは思えないほど、あまりにも弱弱しく、今すぐにでも消えてしまいそうだった。
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