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 銀色の空に、白い雪が忙しく舞っている。窓から見える家々の屋根は白く染まり、いつもより静寂な空気が漂っていた。  体調を崩した日から約二週間が経った。回復した後は、いつも通りの日常が流れた。そんななか、目的もなく未来の曇った毎日に、一輪の花が咲いた。僕が勝手に作った玉井さんとの壁が、あの日以来少しだけ薄くなった気がした。眩しすぎる存在から、温かく照らしてくれる存在へと変化した。彼女の生きる姿勢に目を伏せたくなる時はあるが、僕と彼女は違うと自分に言い聞かせ続けた。  玉井さんとはいろんな話をした。バイトの暇な時間、バイト終わりの数十分が彼女のおかげで華やかなものとなった。  彼女を知れば知るほど、益々素敵な人だと思うようになった。そして家でひとりになった時、迫り来る得体のしれない不安から逃げるように背を向けて、涙を流した。麻薬の副作用は相変わらずだった。  ただ一つ、彼女の過去の話だけはずっと聞けないでいた。彼女が時折見せる過去への視線が、聞こうとする僕の感情を沈めた。僕は今日、それを聞くことを決心した。 『雪すごいね。今日時間通りで大丈夫?』  携帯の画面に表示された文字を見ると冷えた部屋も温まる気がした。初めてバイトの日以外で彼女と会うことを約束したのは三日前の晴れた日だった。五回くらい躊躇ったのち、勤務終了間際にようやく誘うことができた。彼女は快く誘いを受け入れてくれた。  彼女のことをもっと知りたいと思う自分の心情は、新しい趣味を見つけた青年のもののようだった。彼女との間に残る薄い壁をなくすために過去を知りたいと思った。  準備をしながら意味もなく窓の外を見つめる。一年前、二月の頭に降った雪を思い出す。冷え切った僕の心に追い打ちをかけた白い粉雪は、次の日には晴れた空の下であっという間に溶けて消えていった。まるで母と父のように音もなく消えたのだった。  玉井さんにはこの雪がどのように映っているだろうか。  太陽のような彼女の前では、このくらいの雪はすぐ溶けてしまうのではないかと馬鹿らしいことを考えては自分の頭をたたいた。気のせいか、降雪の勢いが弱くなった気がした。
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