退屈な誓約 【入賞作】

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               1  宇宙開闢(かいびゃく)のその瞬間から自我を持ったその存在は、その時点で既に退屈という病に侵されていた。だから何億年、時に十数億年も思考活動を停止させ、そして活動を再開したとき、自分がまだ宇宙に存在している事実に突き当たると、ひどく落胆した。宇宙の終わるその瞬間まで無に還ることができないことを自覚していただけに、その空しい行為の繰り返しは、その存在をますます鬱屈とさせた。                *  ある時、その存在は自分とは違う思考の流れを感じ取った。それは極端に小さく弱い流れではあったが、退屈とは程遠い波動を持つものだった。  希望、喜び、哀しみ、怒り、そして欲望……。  初めて知る数々の波動の新鮮さと甘美さに、その存在は酔い痴れた。だから興味深く、その流れを見守った。しかし、それも瞬く間に消え去った。それからも長い時間の中で波動は現れては消え去り、消え去っては、また現れることを繰り返した。じっくり味わおうとしても、すぐに消え去ってしまう波動。  その存在は苛立ち、いつしかそれを憎むようになった。  酔わせてくれぬのなら、いっそ破壊してしまえ。  その思考は、存在に物理的な形と力を与えた。  宇宙に生まれる幾多の文明。それは紆余曲折を経て成熟期を迎えた刹那(せつな)に破壊される宿命を、ここに背負うことになった。だが破壊の数々は、その都度、絶望という甘美な波動を、その存在にもたらせることとなった。  予期せぬ僥倖(ぎょうこう)。しかし、それにも問題があった。その存在が、あまりに強大で完璧すぎるため、破壊行為が一瞬で終わり、十分に味わうことができなかったからだ。そこで、その存在は自分の力を大きく制限することで、甘美さを長続きさせる手段を思いついた。  邪神の誕生である。                *  邪神の思考活動は宇宙的視野から見ると休止期に入っていたが、(あまね)く宇宙に張り巡らせた網にかかる微かな波動を感知することができた。目覚めまでは、あと少し。それまでの暇つぶしに、その波動を発している人間という矮小な生命体を邪神は(もてあそ)ぶことにした。特に邪神が好んだのは、自分の思考に接触を試みた欲深き人間を破滅の深淵に叩き込むことだった。  ほら、また誰かが自分の思考に接触を試みようとしている。  眠れる邪神はほくそ笑んだ。
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