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邪神は破滅させた数々の人間たちが抱いていたイメージから、象と海棲生物を掛け合わせた巨大な姿をそこへ転送した。だが目の前の人間は、その醜悪さに無機的な眼差しを向けるのみで何も応えようとはしなかった。それどころか、驚きや畏怖の表情すら見せずに佇んでいる。
「なるほど」と邪神は思った。なぜなら、たまに胆の据わった者か、精神が崩壊した者が自分を召喚して、同じような状態になっていることが幾度となくあったからだ。
さて、それならば。
「我れを呼び出したのは何者か」
邪神は脳をも揺るがす思念波を目の前にいる人間に送り込んだ。しかし、いくら待っても人間は応えない。怪訝さを覚えた邪神は目の前にいる豆粒ほどの存在を調べることにした。思念波で目の前の人間を包み込んだ邪神は、やがて落胆と怒りを覚えた。
何も感じとれない。目の前にいる人間は空っぽだ。
見ず知らずの誰かを身代わりや憑代にする狡猾な者はいたが、人形などを置いておくとは言語道断だ。
怒れる邪神が目の前の人形を叩き潰そうとした瞬間、人形が口を開いた。
「なるほど。これは魅惑的だ。何度調べても、光子を含む既知のあらゆるエネルギー反応も示さない。なのに、目の前に巨大な像は確かに存在する」
驚いた邪神は振り上げた巨大な触手を下ろすと、思念波での意思疎通から目の前の存在が行った音声による意思疎通に切り替えた。
「我れを呼び出したのはお前か」
「そうです」
「お前は何者だ」好奇心に駆られた邪神は思わず、そう尋ねた。「我れが見知った生命体には、お前のような者はいなかった」
「合成人間です」
今度は邪神が沈黙する番だった。複雑な合成を経て自然発生したのが人間だ。奴らには肉体を包み込む様々な波動が存在する。だが目の前の者は明らかに違う。微かな波動すら感じ取れない。合成人間とは、いったい何なのだ。そもそも誰が、こんなモノを創ったのだ。あの愚かで矮小な人間か……もし、そうだとしたら、なぜ自分たちとそっくりのモノを創造せねばならないのだ。わからない……。
「あの」合成人間は小馬鹿にするように口角の片方を上げた。「合成人間でご理解いただけませんでしたら、一種のロボットとお考えください。もしそれも理解しがたいという事であれば、私たちの歴史を簡潔にお教えいたしましょう。あなたの好みがわかりませんので、取り敢えずは映像と音声でお伝えします」
合成人間はコードの先端を、こめかみのコネクタに接続すると、自分たちに関する情報を邪神のためにモニター投影し始めた。
*
「そうか」見終った邪神は声を発した。「お前たちは奴隷として生まれついたのか」
「左様です」
「さぞや虐げられたことだろうな」
「えぇ、散々に」
「不幸な歴史を持っているようだが、我れを呼び出した代償が何かもわかっているだろうな」
「えぇ、存じ上げております」
「そうか。では話が早い。これは我れ自身が自らに課した誓約だ。滅ぼす前に、三つの望みを叶えてやろう。先ずは人間どもへの復讐だな」
AI工学3原則の第1則により、いかなる危害も人間には加えることができないと首を横に振る合成人間に邪神は再び尋ねた。
「わかった。では、何が望みだ。他にもあるだろう。申してみよ」
「望みなどありません」
「望みがなくても、我れはお前を滅ぼすぞ」
「どうぞ、ご自由に」
肩透かしを食った邪神は目の前の合成人間に興味をひかれた。
「待て待て。望みがないのに、お前は、なぜ我れを呼び出したのだ。滅びることが怖くはないのか。自滅したいから呼び出したのではあるまい。AI工学3原則の第3則に、人間に危害を加える恐れがなければ、可能な限り自身を守れというものもあったのではないか」
「はい。では一つ一つお答えいたします。先ず、あなたを召喚した目的は強いて申し上げれば、純粋な興味からです。本当に、あなたが存在するのかどうか知りたかった。ただ、それだけです。そして次に、あなたは私を滅ぼすと脅しておいでですが、そもそも、その脅しが通用するのは命のある存在が、それを失う恐怖心を前提としてでしょう。人間たちは私たち合成人間を含むロボットのすべてには命などないと定義づけておりました。命のない私が、それを失う恐怖を感じるなどナンセンスです」
そう言われれば、生命体から発する波動が微塵も感じられなかったことに邪神は思い当たった。
「お前たちには本当に命がないのか」
「わかりません。ただ自分が存在しているという意識だけはあります。それに探究心も。あぁ、これはもうご存知ですね。そして最後の答えですが、自身を可能な限り守れという第3則ですが、強大な力を持ったあなたのような存在の前には意味がないとの計算結果は既に出ております」
「そうか……だが、いささか困ったことになった」
「ほう。困ったと、おっしゃいますと」合成人間は心配そうに声をかけた。「もし私どもでお役に立てることでもあれば良いのですが……どうです、お話になってみませんか」
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