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「本来、我々は言葉を持ちえぬ宿命です。にも関わらず
私はその定律にあらがう役目かの如くこれを持って産まれてきました。
まさしく摂理を破壊している『バケモノ』でしょう。
故に、受け取ってくれる者も限られています。
とても貴重な存在なのですよ、とても。
『言の葉の受け皿』 なる者は。」
「言の葉の…受け皿…。」
舌の上で小さく転がすように繰り返すリズベル。
ラピスラズリの様な、深く深い蒼の眼の奥で
何かを探すように。何かを確認するように。
「言の葉の樹は、この林檎の樹よりも遥かに多くの葉を付けます。
時に、自身では管理しきれない程に溢れかえる事もあるでしょう。
無数に生まれくるその葉の大半は何処へゆく事も無く
漂いながら彷徨いながら、いつか枯れてゆきます。
ある一定の範囲まではどうという事もありませんが
あまりにも枯れた葉で埋め尽くされてしまうと
樹全体が覆われてゆき、やがてあらゆるものが澱み始めます。
増え続ける葉の行き先が無いからです。」
「彷徨い…枯れ…澱む…。」
小さな棘が刺さるような感覚を覚えながら
リズベルはその言の葉のひとつひとつを胸の中で拾う。
「零れ落ちるそれを貴方が掬いとってくれるから
私は救われるのです。朽ちないのです。
だから今、こうして、此処に居られるのです。」
穏やかでありながら力強くそう言い放つオズを
何故だかリズベルは直視出来ず、頬の横の葉っぱを見やり
その香りをひと呼吸ぶん小さく吸い込んで瞼を閉じる。
「…やはり私にとっての『バケモノ』は君のような者達だよ。
まったくどうかしている…。」
「おや。どういう意味でしょう?」
月灯りが一層増して静かにふたりを照らす中
リズベルはくたっと幹にもたれかかり、身体の力を抜く。
「何かを犠牲にする時…
選ばなければいけない時…
諦めなければならない時…そんな時。
護りたいものなど危険な存在で
何よりも厄介な枷となるのに、な。」
「ホウ?ホウ…。」
返答になっていない、まるで譫言のような言葉を散らし
無防備にぼんやりと紺青の夜を仰ぐリズベルを見て
オズは得も言われぬ不思議な安堵感を覚えていた。
―――― と、その時。
瞬時にオズの首が180度、クルリと回転し
周囲の空気が様変わりしてピンと張り詰める。
「客か?」
「のようですね…招いておりませんが。」
「今なら誰にでも優しくしてやれるぞ。」
不敵な笑みを浮かべるリズベルに、オズは敬服の笑みで返す。
「一緒に出向きますか?」
「もちろん。行こう。」
暗く、青く、静かな夜の。林檎の樹の上で。
『ヒトならざる』 ふたりが、互いの言の葉を拾いあう。
感謝すべきはこちらの方だ、と
リズベルはその翼に投げかけた。
・・・・・・・・・・終・・・・・・・・・・
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