紀ノ国坂のめんどうなバケモノ

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「心こそが、人を判断する基準」    〜ジョゼフ・ケアリー・メリック*    *映画“エレファントマン”のモデル *** 「うえ〜ん、うえ〜ん」  子供が泣いている。ランドセルを背負った男の子。明らかに学芸会レベルのウソ泣きなので、スルーすることに決定。 「うえ〜ん!うえ〜ん!」  私が通り過ぎようとしているのに気づいたのか、泣き声の音量が上がる。道行く人がチラ見する。  ここは、紀尾井町、紀ノ国坂。  小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンが書き記した「怪談」の名作『ムジナ』の舞台である。寂しい夜道で女が泣いているので声をかけると、その顔が・・・ギャ〜ッ!走って逃げて、蕎麦の屋台に駆け込むと・・・ギャ〜ッ!という怪談。知らない日本人はいないだろう。ただ、ここは東京都千代田区。寂しげな怪談の舞台が、こんな花の大東京のど真ん中だと知る人は少ないはず。  私は、紀尾井町の花のJ大生。花の文学部外国語学科、花の2年次生。  実はここ紀尾井町近辺、やたら血なまぐさい逸話が多い。最寄り駅はJR四谷駅、『四ツ谷怪談』のお岩さんを知らない人もいないだろう。明治になると、紀尾井坂で大久保利通が暗殺され、赤坂喰違い坂では岩倉具視が襲撃された。文明開化期において千代田区紀尾井町は、政治の中心でもあり、数々のテロの現場でもあったのだ。  とはいえ、今は3月の気持ちの良い(花粉症は別として)うららかな春、ここからホラーに展開する可能性はゼロ。 「うえ〜ん!うえ〜ん!!  うっえっえっえええ〜〜〜んんん!!!」  おっと、少年を忘れていた。  有名カトリック系大学の花の(しつこい?)女子大生である私は、マリアさまのような慈愛の微笑みで少年に声をかけるのだった。
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