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第101話 学術的怪談2
パッサン卿は手近にいたマリーを鏡の前に立たせた。餌食になったマリーは困り顔だ。
「右手をあげてみろ、鏡の中のお前はどちらの手をあげている」
「えっと、左手です――、あれ?」
マリーは首を傾げた。
マリーは右手をあげているが、鏡の中のマリーは左手をあげている。これには全員不思議そうな顔をした。言われてみればそうなのだ。鏡に映る自分はどこかおかしい。
「この問題ははるか昔から提示されていますが、詳しい説明は誰にもできていません。心理的な要因だろうとされる程度。だがこのように鏡に映る世界は現実と同じようにみえて異なっているのだとされています」
マリーは自分の右手と鏡の中の自分をきょろきょろと見比べている。頭上にクエスチョンマークが飛び交うのが見える気がした。
「鏡に映るのはこの世と異なる世界。だから鏡にはしばしばこの世でないものが映り、また別の世界への通路となる。今回の状況にはうってつけというわけです」
説明を聞いても首を傾げ続けるマリーを「理解できなくともよいわ」とパッサン卿は切り捨てる。
「裏面のその模様は?」
今度はエマが鏡の裏面をみせながら、祖父に代わって説明を始めた。
「この陣は世界の構造を表し、力を秩序立てて並べ、そして力を導く役割を担います。あらゆる文献を辿って、この陣を構築しました。この陣には二三七の数式が含まれています。いっそこの陣だけでも科学の芸術と呼べる代物!」
ぐっと拳を握って語る。エマの黒縁眼鏡がきらりと光った。
知識のない私にはただのオカルトな魔法陣にしか見えないが、そこには大量の理論が詰め込まれているらしい。よく分からない。――が、エマとパッサン卿が言うなら科学の集大成なのだろう。
とにかく、これで準備は整ったようだ。マリーたち三人は一礼して部屋を出ていった。あとは頑張ってとその目が訴えていた。
「ここに、奥様の姿が映るんですよね」
部屋に残された私たちは緊張をもって鏡を見つめる。
五秒が経過する。無言で鏡を見ている。そして一〇秒――。
鏡にはなにも映らない。静かな時間だけが過ぎる。あまりにも静かだから、ある時をもって緊張は解けた。誰かが落胆のため息を落とす。
ふむとパッサン卿は腕組みをして唸った。
「まだなにか足りないのか」
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