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第105話 涙
そのとき、よろよろとライラ様がベッドから体を起こした。王子とジルが止めるが、ベッドから出ると裸足のまま鏡に近寄る。
体がぐらつき、倒れそうになるのをレイチェルお嬢様が支えた。
ごめんなさい、とか細い声がした。
「奥様を傷つけたのは私とお母様です。私は、奥様のことを傷つけて、奥様が守ろうとしたお姉様のことも傷つけました。ごめんなさい」
ライラ、と旦那様が呼ぶ。
鏡の中の奥様の瞳がわずかに揺らいでライラ様を見つめている。人形のような顔から動揺と、悲しみが感じられるような気がした。
お嬢様もそれを感じ取ったのか口を開く。
「お母様がわたくしの大切な家族だったのと同じように、ライラもわたくしの家族なんです。アンナ様だって――。だから、もう失うのは嫌です」
鏡に支え合う姉妹の姿が映る。お嬢様は泣きそうに微笑んだ。
「お母様、わたくしは今でもお母様のことが大好きですわ。誇りに思っています。お母様はただ、わたくしを守ろうとしただけですわよね」
そのとき、はっきりと奥様が眉を寄せた。ひどく辛そうな悲しそうな顔だった。
「人を傷つけるのは、お母様もお嫌でしょう。もう自分を傷つけるのはおやめください。お母様が守りたかったもの、バルド家もわたくし自身のことも、今度はわたくしが守ってみせますから。だからもう、お母様は休んでいいんですよ」
そう。ただ奥様は、お嬢様を守りたかっただけなのだと思う。生きている間も、死んだあとも。
幼い頃、お嬢様はアンナ様とライラ様に自分の居場所を奪われたと感じていた。だから奥様は二人を消すことでお嬢様を守ろうとしたのだろう。そこに悪意なんてものはなくて、ただ娘を守りたいという意志だけがあった。
ひたすらに、守ろうという真っ直ぐな想いが――。
「わたくしを、守ろうとしてくれて――。ありがとう。もうわたくしは大丈夫ですから」
一瞬お嬢様は言葉を止めて唇を噛んだ。瞳が揺らいで俯いて、なにかに思い当たったような顔をする。けれど顔をあげて微笑んでみせた。私はその仕草が気にかかりながら、奥様を見つめる。
自分のことを理解して許してもらえたからか。休んでいいと重荷を外されたからか。娘が自分の意志を継ぐと言ってくれたからか。
そこにどんな感情があるのかは分からないが、奥様は一筋涙を流した。
憑き物が落ちたようだと思った。わけもなく、そんな感じがした。
鏡の中の奥様の体が薄れていく。お嬢様が見守る中、涙を流す奥様の姿はゆっくり消えていった。
誰もなにも話さなかった。ただ、部屋の中の妙な寒さは消えていた。ディーをみれば深く頷く。多分、もうこの屋敷に嫌な気配は漂っていないのだろう。
「お嬢様――!」
ふいにお嬢様がその場に崩れ落ちた。緊張感が解けたからだろうか。お嬢様に支えられていたライラ様も当然床に膝をついた。
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