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第107話 母が好きだった場所
ライラ様はそれまでの不調が嘘のように回復していった。
すっかりベッドから起き上がって、庭に散歩も行けるほどだ。ただ、ライラ様が浮かべる微笑みには影があって、メイドたちも気づかわし気に見守っている。
「そのうち、心から微笑むことができるようになりますよ。こういうのは時間が解決してくれるものです。リーフよりも少し長く生きている俺の経験則ですが」
ジルはそう言って笑った。前世での記憶もあわせれば私の方が長く生きている気もするのだが。まあ、前世の記憶は薄っすらとしたものだし、この際勘定しなくてもいいかもしれない。
「ライラお嬢様には、レイチェル様や殿下もいてくださいますから。きっと大丈夫です」
「ええ」
王子は政務の合間をぬっては宮廷を抜け出してライラ様の見舞いに来てくれている。こんなに抜け出していいのかと、私たちが心配をするほどだ。
「さて。リーフ、そろそろ時間ではないですか」
「そうですね。行ってきます」
行ってらっしゃいと微笑むジルに見送られて、私は本館を出発した。
別館でレイチェルお嬢様たちと待ち合わせて、屋敷からすこし離れた丘に向かう。日差しが柔らかい日だ。ずっと続いた暑さもひいて、最近はずいぶんと涼しくなった。
マリーがお嬢様のために日傘をさしながら歩く。その後ろを、私とレオンが並んで続いた。
「奥様って、リーフさんからみてどんな方だったんですか?」
レオンが前を歩く二人を気にしながら、こっそりと尋ねてきた。腕に抱えた花束を見つめていた私は、そうねと相槌を打ちながら考える。
「優しくて強い人だった。お嬢様にそっくりだったわ」
聞こえているのかいないのか、お嬢様は振り返った。
「殿下、昨日もお見舞いにいらっしゃったんですって?」
「はい。政務もありますので、すこしの時間ではありましたが」
「そう。お忙しい方ね」
お嬢様はおかしそうに笑った。
ゆるやかな傾斜を登り切ると、小さな丘がある。丘の中心に、奥様の墓があるのだ。そこはバルド家の所有地で、奥様がたまに息抜きをしに訪れていた場所らしい。旦那様がこの地に墓を作ったという。
静かな場所だ。小ぶりの花が風にそよいでいた。奥様がこの場所を好きだというのも分かる気がする。
普段ならば人が寄り付かない静かな場所。
しかし今日は先客の姿があった。
涼しいとはいえ、汗ばむ陽気だ。それなのに全身真っ黒の出で立ち。ほっそりとしたシルエット。
「お父様」
旦那様はわずかに振り向いた。
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