第10話 私の話

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第10話 私の話

 レイチェルお嬢様に仕える私からみても、ライラ様は素晴らしいご令嬢だと思う。  華やかで明るくて優しい。見た目も清楚で可愛らしく、味方したくなるのもよく分かる。太陽の下で栗色の髪を揺らして、エメラルドのような目を細める姿なんて絵画のようだ。  だからって、レイチェルお嬢様が「悪役令嬢」とまで言われるのは心外だ。お嬢様だって、とても素敵なお方なのに。  私は先ほどマリーがしていたように、机に突っ伏して項垂れた。  リーフ・カインツ。バルド家に代々使える使用人一族の長女。それが今の私だ。  しかし、普通の人とは違う点が一つだけ。  それは前世の記憶を持っているということ。ぼんやりと、だが。  前世の私は科学が発達した世界で、とくに特出して語ることもない平凡な人生を送っていた。そんな私の人生は、いつの間にか終わったらしい。ふと気づいたら、私はリーフ・カインツとして生きていた。  前の人生に拘りはない。だってよく覚えていないのだし――。  今はただ、リーフ・カインツという私の人生を必死に生きている。  前世の影響としては、たまに昔食べたお菓子が懐かしくなって自作する程度だ。なかなか材料が手に入らないが、ときどき市場で入手できるとフルーツ大福やぜんざいなんかを作るのが趣味だった。  それ以外は一般の人と大して変わりはしない。 「これ以上、お嬢様を悪役令嬢なんて言わせたくないな――」  前の世界で、「悪役令嬢」と呼ばれる物語群が一定の人気を集めていたような気がする。まさか、次の人生でその物語のような世界を生きることになるとは思わなかったが。  とはいえ、この世界は物語でもなんでもない。現実だ。  敬愛する主人がこのまま不憫な生活を送るなんて、使用人として許せない。  そもそも、こんな状況になってしまったのだって私が無力だったからだ。お嬢様の心が病んでいくのを知りながら対処ができなかった。その結果、お嬢様は世間の好奇の目に晒され、歩むべきはずだった華々しい道を塞いでしまった。  自分の不甲斐なさが恨めしい。お嬢様に申し訳がない。  今でも覚えている。別館に追いやられて泣きじゃくるお嬢様の背中を撫でたことを。 「感情的になってはなりませんわ」  あの時の私にはそう言うことしかできなかった。  私はもう一度お嬢様の名誉を取り戻したい。家令に言われるまでもなく、そう思う。
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