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第14話 妹との密会3
「ライラ様にそう言っていただけるのはとても嬉しいです。私も、お嬢様には社交界に戻っていただきたいし、誰もが認める后になってほしいと思います。ですが――、ライラ様は后になりたいとは思わないのですか」
后とはこの国の女性憧れの地位だ。憧れない貴族令嬢はいない。
今、最も后の座に近いと言われるライラ様が、姉思いだからとはいえその地位を手放そうとするだろうか。
私だったら、そんなことできない。
しかしライラ様はきっぱりと言い放った。
「私は后になろうなんて、少しも思っていないわ」
少しも迷いがみえないその態度に、私は呆気にとられた。ライラ様が張りつめていた空気をゆるめて、くすりと笑う。
「信じてない? でも私は、バルド家の家督を継いでもらうための良い夫を迎えることが私の役目だと思ってる。――それに、お姉様を后にしたい理由は他にも色々とあるのよ」
「どんな理由ですか?」
「お姉様はこの家の長女よ。次女の私よりも、お姉様が后になるべき。それが決まりというものでしょう」
彼女の強い語調に、私は気圧された。それはそうですが――、と頷く。
この国は長子社会だ。家を継ぐのも、嫁ぐのも、まずは長子から。それが古くからの慣習だった。
だから、本来であればレイチェルお嬢様をさしおいて次女のライラ様が后になることはあり得ないはずだった。
「私は、決まりや慣習はあるべくして作られたものだと思うし、それに則るべきだと思うわ。だって、そこから外れてしまえば混乱を生むだけだもの。弟や妹が権力をもってうまくいった事例なんてほとんどないじゃない」
たとえば。
とある貴族の家で、父親は兄よりも弟を可愛がった。兄を押し退け弟を跡取りとした日には、兄が嫉妬から弟と父親を殺してしまった。
ライラ様はつらつらとそんな話をした。そして眉根を寄せる。
「お父様は私を后にたてようと思っていらっしゃるわ。きっとお父様はね、お母様方を亡くして辛くて、自分を見失っているの。でも私は、后になんてなる気はない。だからね、お姉様には早く戻ってきていただかないと困るのよ」
そのために協力してほしいと彼女は続けた。
「お姉様の一番近くにいるあなたに、お姉様の説得をしてほしいの。あなたも、このままでいる気はないのでしょう」
「はい、それはもちろんです」
「それじゃあ、協力してくれないかしら? 早く動き出さないと、手の打ちようがなくなるわ」
ライラ様の真っ直ぐな視線に射抜かれて、心臓が早鐘を打つ。
今朝、家令から茶会の招待状を受け取ったときの言葉が蘇る。もう、時間がないのだ――。
私はぐっと手を握る。
誰に言われるでもなく、私の意志は決まっている。
「私は、レイチェルお嬢様が社交界に戻ることを願っています。こんな生活、お嬢様には似合いませんから」
お嬢様だって、貴族社会に未練があるのだ。少しでもお嬢様自身が望むのならば、このままでいいわけない。どうにかしたい。
顔をあげて、ライラ様を見据えた。
「もうあとがない状況なのは十分承知しています。ライラ様に言われずとも、私はお嬢様が貴族社会に戻るためならなんでもしたい」
私の言葉を聞いて、ライラ様は少しだけ目元をゆるめた。
「そう言ってもらえて安心したわ。――よろしくね、リーフ。一緒にお姉様の名誉を取り戻しましょう」
私は深く頷いた。
ライラ様がドレスを揺らして立ち上がる。ぱちんと手を打ちあわせて微笑んだ。
「時間を取らせてしまってごめんなさいね。お話はこれでお終いよ。あなたにも仕事があるでしょう。もう戻ってもらって大丈夫。つきあってくれてありがとう」
いつもの花が咲くような優しい表情だ。そこに先程までの背筋が伸びるような雰囲気はなくて、肩から力が抜けるのを感じた。自分で思っていたよりも緊張していたらしい。
ほうと息を吐いてぬるくなってしまった紅茶を一口飲んだが、いまいち味が分からない。
ライラ様はくすくすと鈴を転がすような声で笑った。
「何かあれば手伝うから、知らせてちょうだいね。それから、ここでの話はできるだけ内緒にして。いらない波風は立たせたくないから」
「はい。――あの、ありがとうございます。お嬢様のことを気にかけてくださって。本当に、ライラ様はお優しい方ですね」
自分に手をあげた姉のことを「好き」と言ってくれるライラ様は、きっととても優しいのだ。
ライラ様は私をじっとみて何か言いたそうにしてから、「ううん」と首を振った。
「私は別に――、褒められるようなことしてないわ。そうそう、こんな話をしたから忘れてしまっているかもしれないけれど、花束も忘れずに届けてね」
そう言って私に庭の花で作った可愛らしい花束を持たせて、ライラ様は手を振った。
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