第16話 もう一度1

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第16話 もう一度1

「お嬢様、すこしよろしいでしょうか」 「なに?」  マリーと一緒にレイチェルお嬢様の部屋に入ると、読書をしていたらしいお嬢様が不思議そうな顔をした。カスミソウの栞を挟んで本を置くと私たちをじっと見る。 「どうしたの、そのお花」 「ライラ様よりいただきました。庭園でライラ様がお世話をしたお花だそうです。お部屋に飾らせていただいても?」  お嬢様は少しの間ためらって、頷いた。  窓辺に花瓶をおいて花を移し替える。予想通り、部屋の中が明るくなったような気がする。お嬢様もあまり嫌がっていないようだし、よかった。  私たちが花を飾る様子をじっと見ていたお嬢様は、手を伸ばして小さくて白いカスミソウの花に触れた。 「――綺麗な花ね。あの子にお礼を言っておいて」 「お嬢様がご自分でお伝えになった方が喜ばれますよ」  お嬢様はそうねと言ったきり黙ってしまった。長い睫毛が赤い瞳に影を落とす。  私とマリーは二人で頷き合う。  ライラ様とした話はマリーに伝えてあった。できるだけ内密にと言われていたが、マリーだってレイチェルお嬢様に仕える大事なメイドだ。彼女には伝えるべきだと思った。  私は深呼吸をして、お嬢様を見つめる。 「宮廷のお茶会の件なのですが。もう一度考え直していただけませんか」  お嬢様は私とマリーを交互にみて、綺麗に整えられた眉をひそめた。 「どうして?」 「私たち、お嬢様には社交界に戻ってきていただきたいんです。だってお嬢様は、本来こんな屋敷に閉じこもるべきお方ではないのですから」 「あなたたち今までそんなこと言ってこなかったじゃない。どうして突然そんなことを言うの?」  そう言って、怪訝な表情を浮かべた。戸惑いと、不信感が伝わってくる。  お嬢様にそんな顔をされるのは辛いけれど、もう簡単に諦めないと決めたのだ。私は真正面からお嬢様をみた。 「后となるご令嬢を決めなくてはならないと、国中が躍起になっていることはレイチェルお嬢様もご存知かと思います」 「そうね。王子ももう一八歳ですもの。それなのに、まだこれといったお相手がいないから、貴族たちもやきもきしているようね。でも、ライラが有力候補でしょう。だったらあの子が后になるべきだわ。お父様もそれを望んでいるようだし」  お嬢様は窓の外を見る。もう外は暗い。庭園の木々の合間からわずかに本館の灯りがみえた。  私はそんなお嬢様の横顔をみながら内心驚いていた。お嬢様がここまで世間の事情に精通しているとは思わなかったからだ。ずっと別館に閉じこもっているから、その辺りの事情にも関心がないだろうと思っていた。 「お父様にとって、わたくしは邪魔以外の何者でもないでしょうね。ライラが后になるための障害となっているのはわたくしでしょう」  長子社会のこの国で、姉のレイチェルお嬢様をおしのけて妹であるライラ様を后にすることは異例となってしまう。そのために、ライラ様はいまだその座を掴むに至っていないのが現状だ。  お嬢様は深くため息をついた。自嘲するように笑ってそっぽを向く。 「わたくしがいても、この家の足枷になっているだけだわ。いっそ、家から追放でもされた方がお父様も、ライラも、幸せになれるでしょうに」 「それは嫌です」 「――マリー?」  それまで沈黙を守っていたマリーが口を開いた。お嬢様は目を瞬く。
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