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第25話 威圧感の塊
「ここです」
やがて少女が立ち止まったのは、私がノックをして返事がなかった例のドアの前だ。
「あなたのおじいさまって――」
「パッサン・リアルです」
なんてことないような調子で言うと、少女は扉をノックする。私は急に早まった心音を自覚しながら、扉をみつめた。
「じいちゃん、本もってきたよ」
少女が声をかけると、扉が開いた。中から老人の姿がのぞく。
ぱっと目につくのは白い長髪と髭。それから鷲のように鋭い金色の目。
人を寄せ付けない目で老人は少女を見てから、次に私を見た。老人は背が高いから、自然と見下ろされる形になる。その視線に私はどきりとする。背筋が伸びた。
まぎれもなく、目の前の老人がこの国で偏屈と天才の名をほしいままにしているパッサン・リアル、その人だろう。
「誰だ」
「このお姉さん、本を探すの手伝ってくれたの」
頭からつま先まで観察するように見られて生きた心地がしない。
何か一瞬でも下手なことをすれば完膚なきまでにへし折られる。直感でそう思った。
「――礼をいう」
ふっと視線が外れたかと思うと、パッサン卿は私の手から本を奪った。年齢のわりにたくましい腕で本を抱えると、背を向けて研究室に入っていく。
「お姉さん、ありがとうございました」
少女もパッサン卿に続いて部屋の奥へと進んでいった。私はもうお役御免ということだろう。
パッサン卿の雰囲気に黙っていることしかできなかった私は、そこでやっと本来の目的を思いだした。
「待ってください!」
ドアが閉まる寸前に、私は声をあげた。閉まりかけたドアを手でおさえる。驚いたような顔の少女と、表情が変わらない老人。
「わたくし、バルド家にお仕えしております、リーフ・カインツと申します。先日お手紙もお送りいたしましたが、パッサン卿にお話がありまして誠に失礼ながら、参らせていただきました。聞いていただきたいお話があるんです。少しだけお時間をいただけないでしょうか」
一息でそう言った。
パッサン卿はぎろりと私を睨む。
「貴族の話など聞く気はない」
短くそれだけ言うと、パッサン卿はこちらに歩いてくる。
威圧感。
老人は威圧感の塊だった。
パッサン卿は無言でドアに手をかけると、強い力で閉めた。
私は為す術もなく、目の前で閉ざされたドアを見つめる。
――完全に負けた、という気がする。
もう一度ドアを開ける勇気が出ない。そう思ってしまうことが悔しかった。こんな状態では再度ドアを開けてもらえたとしても、まともに交渉なんてできないだろう。
「――またお伺いしますので」
なんとかそれだけドアに向かって言うことしかできなかった。
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