第1話 使用人の朝

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第1話 使用人の朝

 ――使用人とは、主人の身の回りの世話から、領土を取り仕切るような仕事の補助にいたるまで、主人のために存在する側付きのことである。  深い藍色のドレスをまとい、赤色のリボンで黒髪を束ねる。肩までの髪は結ぶ必要もあまりないのだけど、気合を入れるために結んでいる。  いつもと同じ姿。いつもの制服。    姿見で全身をチェックして、自室の扉を開けた。  この家自慢の美しい草花が咲き誇る庭。そこから聞こえる小鳥のさえずりが心地よくて欠伸が出そうになるのをこらえた。ずっと廊下を進み、質素な木製の扉を開ける。  調理場から茶葉の香りがもれてくる。中では一人の少女が慌ただしく動いていて、こちらには気づいていない様子だった。赤毛の髪が少女の動きにあわせてぴょんっと揺れる。 「おはよう、マリー。いい匂い」 「あ、おはようございます、リーフさん。今日はハーブティーを用意したんです。ここ最近で一番上手に淹れることができました! 自信作です」  赤毛のメイドのマリーは、そう言いながらティーポットやカップをトレーに載せていく。 「ハーブティーってあんまり美味しいと思ったことがなかったんですけど、この茶葉は美味しくて感動しますよ! フルーツの香りを加えてあって飲みやすいんです」  くりくりとした大きな瞳をもつ彼女は少しせっかちで、ティーセットがカチャカチャと音を立てた。 「そんなに急がなくてもいいのに」 「いーえ。お嬢様に持っていくまでに冷めてしまったら大変ですから!」  全てのセットを終えると、マリーはこちらに向き直って満足気な笑みを浮かべた。 「準備完了です」 「ありがとう。じゃあ行きましょうか」  私が歩き出すと、マリーもトレーをもって後ろをついてくる。身長の低い彼女を連れて歩いていると、ひよこを連れた母鳥のような気持ちになる。 「今日はいい天気ですねー。散歩日和です」 「そうね」 「お嬢様も、たまには庭を歩かれたら気分も晴れるでしょうに。いつもお部屋にこもってばかりでは、ますます気が滅入ってしまいます」  マリーは窓から庭をみる。白い子猫が木陰で眠っているのをみて頬を緩めた。 「お菓子を用意してお庭で召し上がるとか、きっと楽しいですよ。ほら、この前リーフさんが作ってくれた、あの――、フルーツをもちもちの生地で包んだ外国のお菓子! 可愛らしいし、美味しいし、お庭にも持っていきやすいですから。また作ってくださいよ。それでみんなで食べましょう」 「フルーツ大福ね。あれは私が趣味で作ったものだから、お嬢様にお出しするようなものではないのだけど」 「えー、とっても美味しかったですよ?」 「うーん、そうねえ――、材料まだ残っていたかしら」 「え、ないんですか?」 「フルーツはあるけど、生地の方がね。この辺りでは材料がほとんど出回っていないから」  この前は遠方に出ていた商船が帰ってきていて、現地で調達した珍しい食料や骨董品などが市場に出ていた。ちょうどお菓子作りに使えそうだったから、材料を買ってみたのだ。 「うーん、あと一回分くらいは残っていた気がするから――、お嬢様がお許しになれば一緒に作りましょうか」 「はい! ――お嬢様来てくれるかなあ」  マリーの勢いが急にしぼんで、その顔がくもった。しゅんと垂れる動物の耳が見えるようだ。  彼女はこれまでもお嬢様を外に連れ出そうと試みていたが、全て却下されているのだ。諦めの悪いマリーだが、度重なるお嬢様の拒絶に最近では諦め気味だった。  マリーは大きくため息をつく。 「お嬢様、そろそろ私のこと面倒くさいって思っていませんかね」 「そんなことないわよ。マリーのそういう気遣い、私は好きだし、お嬢様にもちゃんと伝わっているわ。また誘ってあげて。お嬢様もそのうちきっと応えてくださるから。最近はだいぶ様子も落ち着かれたし――。さあ、おしゃべりはおしまい」  廊下の突き当り。この別館で一番日当たりがよくて広い部屋。扉にも装飾が施されて一際手が込んでいるその扉の前で、私たちは立ち止まった。
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